| 橋 | 項目ビュー | ||||
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| II. | 歴史 |
もっとも古い橋は、丸太を1本か2本川の上にわたしたり、ロープのようなものを小さな谷間にはったものと想像される。このような橋は今でものこっている。両端だけでささえた単純な形態の橋は、ここから誕生した。飛び石を利用して川をわたるとき、石と石との間に木の丸太をかけてわたりやすく工夫したのが、複数の橋脚がある橋の原型である。
| 1. | トレッスル橋 |
木の杭(くい)を川底にうちこんで橋をささえることで、木の丸太を梁(はり)とした構造の橋が発明され、ひろい川にも橋をかけられるようになった。このような橋がトレッスル橋である。トレッスル橋は、今でも谷川や河川で船の運航にさしつかえない所でひろく利用されている。石の橋脚で木の部材をささえる方法が開発され、木の梁で橋を建設する技術は大きな進歩をとげた。
| 2. | 船橋 |
固定した橋脚のかわりに船をつかうことで、船橋が生まれた。前1800年、メソポタミア南部のバビロンで煉瓦のアーチによる橋がつくられたとつたえられるが、やはり木の梁による橋は、古代の人たちがもっとも利用したもののようである。
橋の形態でいえば、ほかにも単純な形態の吊り橋や片持ち梁によるゲルバー橋が、すでにインド、中国、チベットなどで建設されていた。船橋は、アケメネス朝ペルシャのダレイオス1世とクセルクセス1世の軍隊のギリシャ遠征のときにつかわれていた。
| 3. | アーチ橋 |
ローマ人たちは、木造のトレッスル橋を多くつくった。この橋がどんなものであったかは、カエサルの「ガリア戦記」にくわしく記録されている。しかし、現存している帝政ローマ時代の橋は、ふつう上は平らな道路で、その下を1層あるいは2層以上の半円形の石造りのアーチでささえたものであった。
ローマ時代初期の例としては、前219年ごろスペインのバルセロナに近い、マルトレルにつくられた橋がある。前1世紀のものとしては、イタリアのリミニにあるポンテ・ディ・アウグスト橋がある。フランスのニームにあるポン・デュ・ガールは、長さ275m、高さ47.2mにもおよぶアーチが3段重ねになり、大規模なローマ時代の水道橋としてもっともよく原形をとどめている例であろう。建設されたのは、前1世紀である。
半円形のアーチにつづいて、尖頭アーチが短いスパン(支点間距離)につかわれた。近代のアーチ橋は、弓形または半楕円形のアーチをつかって長いスパンをとり、アーチを高くしなくても自由に船などが下をとおれるようにしている。1803年、イギリス人の土木技師ジョン・レニーが設計した、スコットランドのケルソーをながれるトウィード川にかけられた橋は、半楕円形のアーチをつかった橋として重要である。
| 4. | トラス橋 |
ガーダー(大梁)による橋は、ガーダーの強度によってスパンに制約がある。この構造上の制約は、部材を三角形を基本にくみあげたトラスを導入することで解決している。トラス橋は、三角形にした補強部材をくみあわせて、主桁(けた)にもちいたものである。
レオナルド・ダ・ビンチは、トラスをつかった橋のスケッチをのこしている。イタリアの建築家アンドレア・パラディオの作品にもこの橋がある。1760年ごろ、スイスでトラスをつかった橋が2カ所でつくられたが、1840年になるまでそれほど多くはなかった。アメリカ合衆国では、50年ごろには木造のトラスから鋳鉄と錬鉄をくみあわせたトラスにかわり、のちに鋼製のトラスに発展した。
| 5. | 吊り橋 |
1800年ごろアメリカでつくられた吊り橋は、川の両岸にたてた塔のような構造物の間に鎖をわたしたもので、この鎖から吊り棒で水平な路面をささえた。約10年後には、同じ方式の橋がイギリスでもつくられている。16年には、はじめてワイヤーケーブルをつかった吊り橋が、フィラデルフィアのスクールキル川にかけられた。