錬金術
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錬金術
III. 卑金属から金属へ

750年から1258年までつづいたアッバース朝のカリフの時代に、ある薬学の一派がアラビアでさかえた。この派のもっとも初期の業績として知られているのが、科学者であり哲学者であったアラビアのゲーベル(アラビア名はジャービル・イブン・ハイヤーン。ただし、これがゲーベルと同一の人物であるかどうかについては異論がある)の作だとされている、「偉大な術の全集成」をはじめとする3000あまりの著作である。これらの著作は、化学的技術について記載し、また当時知られそして信じられていたあらゆることを集大成したものであった。

アラビアの錬金術師たちは、金、水銀、ヒ素、硫黄、塩、酸をとりあつかい、今日の言葉でいえば、いわゆる化学試薬についての幅ひろい知識をもつようになった。彼らは、すべての金属は、女性的原理の水銀と男性的原理の硫黄とが、それぞれことなる割合で化合してできたものだと考えていた。彼らの科学的信条は、卑金属の貴金属への変化であり、彼らの方法は手さぐりであった。ゲーベルとはげしく対立したアル・ラージーは、神秘的な解釈をさけて、「秘密の書」で、実験器具などについて詳細に記録した。このようなやり方ではあったが、多くの物質を発見し、多くの有用な手法を発明した。