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ダム
I. プロローグ

ダムとは、河川などをせきとめて、水をためたり、水位をあげるために建設される構造物のこと。ダムを建設する目的は、(1)川の自然の落差を一定の場所に集中させ、水力によって電気をおこす(水力:発電・送配電)、(2)川の流れを灌漑や給水システムなどにふりむける(水道)、(3)船の運航のために水深を深くする(パナマ運河)、(4)洪水や干ばつのときに水の流れをコントロールする(洪水調節)、(5)レクリエーション用の人工湖をつくる、などである。多くのダムは、これらの機能のいくつかをかねそなえている。アメリカ合衆国では、テネシー川流域開発公社の下で開発された一連のダムが、多目的ダムの典型である。

II. 古代のダム

記録にのこっている最初のダムは、古代エジプト(→エジプトの「歴史」)の都市メンフィスへ水をひくために、前3000年ごろナイル川に築造されたものである。バビロニア人によって建設されたダムをふくめ、土をもり、しめかためてつくる古代のアースダムは、不毛の土地を豊穣な平野にかえる、灌漑システムの一部であった。定期的な洪水による破壊のため、100年以上にわたって存続した古いダムは、ほとんど残存していない。かなりの高さをもち、貯水量が多くても、決壊しないダムが建設できるようになったのは、ポルトランドセメントの開発(セメント:コンクリート)と大型土木機械が発達してからである。

III. 近代のダム

ダム建設の技術が飛躍的に発達したのは、19世紀のヨーロッパにおける物理学の進歩(とくに重力式ダムの設計理論の確立)と、動力機関やダイナマイトの発明、土木建設機器の機械化などがあり、くわえてポルトランドセメントの開発や、構造計算(構造力学)、地質調査の精密化などがあげられる。

ダムによって水を調節し、利用することは、広大な地域の経済的発展をうながすうえで大きな影響がある。発展途上国における国土開発の第一歩は、まず発電や農業、洪水防止などの目的で、水を利用することからはじまる。

IV. 設計上の考慮

ダムは、水がもれないもので築造されなければならない。漏水があると、水がむだになり、土台が損傷する。ダムは、水圧に対抗できるような方法で建設されなければならない。技術者がダムを設計する際には、ダムを下にひきさげようとする重力、ダムの本体(堤体:つつみたい)の壁にかかる水圧、ダム底面にはたらく上向きの水圧(揚圧力)、さらには地震の影響や地球の力などを考慮しなければならない。

ある場所をダムの建設用地として検討する場合は、地質調査の一環として、地震による被害を考慮しなければならない。また地質学者は、地盤がダムの重さとその背後にかかる水の圧力をささえられる強度をもっているかどうかも判定しなければならない。

不十分な地質調査の結果、深刻な被害をもたらした事例がある。そのもっとも有名な例は、イタリア・アルプスにあるバイオント・ダムでおきた災害である。1960年に完成したバイオント・ダムは、堤高が262mで当時世界1位の堤高をもつアーチダムだったが、63年10月9日に、ダムの背後にある大きな岩山が地すべりをおこして大量の岩や土砂が貯水池におち、コンクリート・アーチ式ダムをこえて水があふれだし、2000人以上の命がうばわれた。この高さから落下する巨大な水のかたまりは、数キロメートルもはなれた下流の町を一瞬にしてのみこむほどの力をもっていた。この事例は、地質調査や水圧試験の不備をしめしている。いろいろな原因で岩石崩壊がおこるが、急勾配(こうばい)で不安定な岩石の斜面が、ダムの水によって浸食されることが大きな原因となる。なお、バイオント・ダムはこの事故後、ダムとしては放棄された。

V. ダムの高さ

ダムの高さ(「堤高」という)は、建設現場の地形によって制限されるが、もし、ダムのおもな目的が発電なら、ダムの高さはきわめて重要である。というのは、水力発電によってえられる電力は、ダムにためられた水の高さにほぼ正比例するからである。洪水防止用のダムの場合は、貯水容量がもっとも重要である。一定の高さ以上になると、貯水容量を増加させても、建設費用がそれに輪をかけて増加するため、採算がとれなくなることがある。そのほかには、ダムによって水没する土地や家屋、道路や鉄道に対する補償なども考慮されなければならない。

ダムによってつくられる湖や貯水池は、広大である。たとえば、1959年に完成し、ジンバブエとザンビアで共用している、ザンベジ川につくられた高さ128mのカリバ・ダムは、長さ282km、面積5180km²におよぶ人造湖のカリバ湖を生んだ。

VI. ダムの設備
1. 洪水吐

完成したダムは、ある一定の水位を保持していなければならない。したがって、増水により貯水量がますと、その一部をダムから放流する必要がある。そうした過剰な水を放出するための排水溝を洪水吐(こうずいばき)といい、ダムの主要設備のひとつである。

洪水吐のもっとも一般的なものは、堤体の表面から水をながす越流型(オーバーフロー)である。この形式では、ダムの一部が、ダムの頂上よりいくらか低くなっていて、そこの水門を開閉することで放水を調節する。ミシシッピ川にかかっているダムの場合、洪水調節のための放水量が多いために、洪水吐は川幅いっぱいになり、全体の外観は、まるで開閉可能な水門をささえる垂直な防波堤のようにみえる。

洪水吐のもうひとつの形式は、滑り台のようなシュート式のもので、これは、あまり高くない築堤式のエンバンクメントダムの周囲に構築された、ゆるい傾斜のコンクリートの水路である。

岩場の渓谷にある、高いアーチ式ダムの場合は、通常、越流型の放水では落水面が急すぎる。そこでコロラド川にかかるフーバー・ダムでは、管路型洪水吐がつかわれている。管路型は、大きな洪水になることがないような、ごく限定された地域のダムにつかわれる。水位がある一定の基準より高くなるとダムの上流にある垂直な管が貯水を下にながす。この垂直な管はダムを貫通してもうけられている大口径の水平な導管とつながっており、そこをとおって下流の川に水をながす。

2. 取水設備

洪水吐のほかに、貯水池から継続的に水がひけるような、取水設備もダムの主要設備のひとつである。そのようにしてひかれた水は、ダムの下流の川に放水され、水力発電機で発電したり、灌漑につかわれる。ダムの取水設備は、パイプまたはトンネルででき、最低水位近くに取水口がついている。そのような人工水路には、流水量を調節するための水門またはバルブがついている。

3. 浸食防止

いったんダムを通過して下流の川にもどった水が、川床やダムの基礎をおしながしたり、浸食するようなことがあってはこまる。そこで、スティリング・ベイシン(水の流速をゆるめる溜池)とよばれるものをもうける。そのような池は、ダムの構造上、ダムと一体不可分である。

落下する水の高いエネルギーを消散する方法には2つある。エプロン・ベイシンとフリップ・バケットである。エプロン・ベイシン式とは、ダムから流出する高速で浅い流れを、水平かやや傾斜のある、ダムの土台から川下にのびているコンクリートのエプロンにそって放水し、低速で深い流れにかえるやり方である。フリップ・バケット式とは、ダムの基礎にシルという突起をつけて、高速の水流を川床から上にはねあげ、水の破壊的エネルギーを消散する方法である。

VII. ダムの種類

ダムは、ゲート(水門扉)のように移動できる可動式ダムと、本体の主要部分がうごかせない固定式ダムとにわけられるが、現在のダムは、ほとんどが固定式である。ダムを目的別に分類すると、水道用、灌漑用、発電用、治水用、砂防用、鉱滓扞止(こうさいかんし)用、多目的となるが、近年は、建設コストの問題から、多目的化しつつある。また構築材料で分類すると、コンクリートダム、土・砂礫(されき)・岩石などからなるフィルダム、それらの複合ダム、鋼鉄でつくられた鋼鉄ダムなどがある。

設計理論によって分類すると、重力ダム、アーチダム、バットレスダムなどにわかれる。ひとつの構造は、2種類の形式をふくんでいる。たとえば、カーブトダムは、安定性を確保するために、重力ダムとアーチダムの構造をあわせもち、エンバンクトメントダムは、洪水吐をもつ強固なコンクリートの重力部分をもっている。

ある場所にダムを建設する場合、形式の選択は、技術的な面と経済的な面とを検討して決定される。いろいろな形式のダム建設のコストは、資材の調達と輸送費に影響される。ダム建設現場の地盤の状況だけで、ダムの形式を決定することもある。

VIII. コンクリートダムの形式
1. 重力ダム

コンクリート重力ダムは、堅固なコンクリート構造で、基底部に近いほど壁が厚く、頂上にむかってうすくなる。重力ダムの断面形状は、底面の厚い三角形をしており、上流の壁はほぼ垂直で、下流面が勾配をもっている。ダムにかかる水圧をダム自身の重量によってささえている形式のダムで、堤体の材料がコンクリートであるダムをコンクリート重力ダム、あるいは、たんに重力ダムという。

この種のダムは、基本的に、ダム自体の重さで安定をたもっている。重力ダムほど恒久性があり、維持費のかからないダムはほかにない。ダムの高さは、一般的に、基盤の強さによって制限される。重量が重いので、高さ20m以上の重力ダムは、強い岩盤の上に建設されるのがふつうである。

1961年に完成したスイスのグランド・ディクサーンス・ダムは、高さが285mもあり、世界でもっとも高いダムのひとつである。このダムは、堅固な岩盤の上に建設され、700mの長さをもつコンクリート重力構造のダムである。1942年に完成した、アメリカ合衆国ワシントン州のコロンビア川につくられたグランド・クーリー・ダムは、巨大な重力ダムの代表例である。このダムは、高さが168m、第3発電所をふくめた長さは1592m、体積も915万5944m³にもなる。

重力ダムは、日本でも広くとりいれられている大規模ダムであり、奥只見、佐久間、小河内(おごうち:奥多摩湖)、田子倉(只見川)など多数ある。

2. アーチダム

このダムは、アーチ式の橋と同じ力学構造を採用している。水の流れにむかって弓形にはりだし、水の荷重の大部分は、ダムにそって、狭い渓谷の側壁に分散される。両側および基礎の岩盤が、良質で強硬でなければ建設できない。材料はコンクリートで、V字形の谷にかかるので、水平断面はほぼ円弧に近く、下部になるほど幅が狭くなる。そのためダム全体は円筒形ではなく、曲率半径が2つ以上ある曲面となる。ダムの厚さが重力ダムにくらべてかなりうすく、コンクリートの所要量は少なくなる。

好条件がそろえば、アーチダムは、重力ダムよりも少ないコンクリートで建設できる。しかし、このダムに適した場所は少ない。1611年にイタリアに建設されたポンテ・アルト・ダムは、最初に建設されたアーチダムである。なお現在、堤高が世界でもっとも高いアーチダムは1980年完成のグルジアのイングリ・ダム(堤高272m)である。

アメリカでもっとも高いアーチダムは、アリゾナ州のコロラド川にかけられたグレンキャニオン・ダムである。このダムは、1964年に完成したが、高さが216m、長さが475mある。アメリカでもっとも高いアーチ重力式ダムは、やはりコロラド川の、アリゾナ州とネバダ州の境界にそって建設されたフーバー・ダムである。このダムは35年に完成したが、高さが221m、長さが379mある。

この形式は、外国には多いが、日本の場合は地震が多く、適当な地盤が少ないため、大規模なものはつくられなかった。1955年(昭和30年)に、最初の大規模なアーチダムとして、上椎葉(かみしいば)ダム(宮崎県椎葉村)が竣工(しゅんこう)した。

3. 中空重力ダム

内部に空洞をもうけた重力ダム。断面形状が約60°の傾斜をもつ二等辺三角形のコンクリートブロックをつなぎあわせてつくる。中が空洞なので揚圧力が少なくてすむのと、コンクリートの量が大幅に節約できる利点がある。イタリアで発達した形式のダムで、日本では1957年に竣工した大井川の井川ダム(静岡県静岡市)が最初である。

4. バットレスダム

バットレスとは建築用語で内部からささえている控壁(こうへき)、扶壁(ふへき)の意味なので、扶壁ダムともいう。貯水の圧力を鉄筋コンクリートの厚板またはアーチでうけ、それをバットレスによってささえ基礎地盤に伝達させる構造のダムである。中空だが、中空重力ダムとちがい、扶壁をくみあわせることによって、強度をもたせている。またこのダムは、地盤が軟弱な場所では、同じ大きさの重力ダムでつかうコンクリートの35~50%の量しか必要とせず、堤体を軽くできる利点がある。しかし複雑な成形作業と鉄筋をうめこむコストが、建設資材の節約分を相殺してしまう。

アメリカ最初のバットレスダムは、1903年に、ニューヨーク州のテレサで建設された。68年にカナダ・ケベック州のマニクアガン川にかけられたダニエル・ジョンソン・ダムは、巨大なバットレスダムで、長さが1306m、高さが214mで、この形式では世界でも高いダムのひとつである。構造が複雑で、施工がむずかしいことから日本ではあまりつくられず、堤の高さが32.1mの丸沼ダム(群馬県片品村。1931年竣工)が最大である。

IX. エンバンクメントダムの形式

築堤式のエンバンクメントダムは、もっとも一般的につかわれる構造で、その中にはアースダムやロックフィルダムなどがある。アースダムやロックフィルダムは、作業工程上、土や岩石など自然の材料を使用するので、建設現場の近くに利用できる材料があるかどうかが、この形式のダムを選択する際の大きな要因となる。

大型の建設用機材の発達によって、エンバンクメントダムは、コスト的に、コンクリートダムに対抗できるようになった。断面が台形のゆるい傾斜でもって堤体を安定させるために、この形式のダムの基礎は、高さの4~7倍の広がりをもっている。したがって、地盤のそれほどよくないところでも築造が可能である。エジプトのアスワン・ハイ・ダムはロックフィルダムで、幅が1000mあり、213mもの深さの砂や砂利の上に建設されている。

1. アースダム

アースダムは、土を主要な材料としたダム。重量によって水圧に抵抗する。形状は三角形。断面の中央部に不透水性の土を配置し、上流側には半透水性、下流側には透水性の土をおいて、遮水(しゃすい)と安定性をはかっている。この形式は、しっかりした基礎が必要ないので、適地が多く、日本では古くから灌漑用にもちいられた。相野々(秋田県山内村(現、横手市)。1960年竣工)、浅河原(新潟県十日町市。1945年)、大野(山梨県上野原市。1914年)、1953年の建設当時は東洋一の規模をほこった山王海(岩手県紫波町)などがある。

2. ロックフィルダム

ロックフィルダムは、岩の塊をつみあげるダムで、堤体を構成する岩石群と遮水壁、遮水壁と岩盤の間におかれる粗石層の3層からなっている。基本形はほぼ三角形で、岩の大きさは0.5~1t程度、遮水層は40~60cmのコンクリート板である。ただ洪水吐はダムの上を越流させられないので、別に洪水吐水(こうずいとすい)装置が必要になる。アメリカで発達したダムで、日本では堤高53mの石淵ダム(岩手県奥州市、1953年竣工)が最初である。代表的なダムに御母衣ダム(岐阜県白川村)や徳山ダム(岐阜県揖斐川町)、高瀬ダム(長野県大町市)がある。

エンバンクメントダムは、粘土のような水を透過しない材料でできているか、あるいは上流・下流とも、砂利や岩石のような浸透性のある材料と材料の間に不浸透性の材料でできた中間壁をもっている。この中間壁は、浸水をへらすために、ダムの基礎の位置よりはるか下にまでのびている。

1976年にパキスタンのインダス川に完成したタルベラ・ダムはアースダムで、高さが148m、長さが2743mある。このダムは、1億2615万1570m³の土砂や岩石をつかっているが、これは、これまでにエンバンクメントダムにつかわれた土砂の量としては最大である。このプロジェクトは、水力発電施設をふくめ、10億ドル以上のコストがかかった。カリフォルニア州のフェザー川にかかるオロビル・ダムは、堤高235mのアースダムで、アメリカでもっとも高いエンバンクメントダムである。

X. ダムの目的
1. 取水用ダム

河川から水をひくには、取水地点である程度の水深を必要とするため、河川をせきとめ、必要な水位をたもたせる。取水用ダムは、一般に堤高はあまり高くなく、水位調節のための水門が設置されている。取水する水の用途によって上水道用、工業用水用、灌漑用、発電用となる。

2. 貯水用ダム

貯水用ダムは上流にふった大量の雨水を貯留し、時期をみて下流へ放流するためのダムである。大量に水をたくわえるために、河水を高くする必要があり、一般に堤高が高い。

3. 砂防ダム

砂防ダムは、荒廃した山地から出る多量の砂礫、転石などを上流部でせきとめて、たくわえるためにつくられたダム。河床の傾斜を緩和し、河床および両岸の浸食を防止する役割ももっている。

4. 鉱滓扞止ダム

鉱滓扞止(こうさいかんし)ダムは、鉱山で鉱石を選鉱する場合、水をふくんだ鉱滓(のこりカスのこと)の微細粒の流出をふせぐため、山間の渓谷にダムをつくり、そこに貯留、堆積(たいせき)させる。

5. 水道用ダム

水道用ダムは、水道用水や工業用水の貯水のため、水源地帯につくられる。良質の水が多量に貯水できて、水源保護のために都合のよい場所が選定される。山口ダム(埼玉県所沢市:狭山湖)、多摩湖ともよばれる村山貯水池(東京都東大和市)、小河内ダム(東京都奥多摩町)などがある。

6. 灌漑用ダム

灌漑用ダムは、農業用が多く、大小さまざまなものがあり、アースダムが多い。大城池(兵庫県洲本市)などがこれである。

7. 発電用ダム

発電用ダムは、河川流量の変動を、電力需要に応じて調節するダム。大貯水量、大有効深水、高落差が必要なため、巨大化する。コンクリートダムが多く、奥只見ダム(最大出力56万kW)、佐久間ダム(35万kW)、黒部第4ダム(33.5万kW)、高瀬ダム(128万kW)などが代表的である。

8. 治水用ダム

治水用ダムは、洪水の全部または一部を貯留し、下流の洪水流量を減少させるダム。洪水の一部を貯留する(日本ではこれがふつう)場合は、このダムのための流況の変化が、無条件に下流の出水に好影響をおよぼすとはかぎらず、降雨状況や水系全体の出水状況などを常時とらえ、放水量の調節をおこなう。遠隔測定法

9. 多目的ダム

多目的ダムは、河水を利水・治水の両面から、さまざまに利用するダム。とくに利水は、その利用目的に対して、合理的に処置されなければならない。そのために河川総合開発計画となり、貯水池も多目的につくられ、水は一定計画のもとに調整してつかわれる。近年の巨大ダムはこの種のものが多い。宮ヶ瀬ダム(神奈川県相模原市。2000年竣工)、鳴子ダム(宮城県大崎市。1958年)などがその例である。

10. ミニダム

小規模水力発電や下水処理場などで使用されているのが、ミニダムまたはラバーダムとよばれるダムである。ゴム製の風船状のものを水の流出口に装着し、その内部に水や空気を注入して流出口がふさがるようにふくらませて、水をせきとめる簡易ダムである。下水処理場では、常時流入する汚水をせきとめ、河川へながさないようにしている。

XI. ダムの建設

ダム建設でもっとも重要なことは、排水して、基礎づくりの準備をすることである。排水は、ダムの建設中、工事現場から水を排除するために設計された、ひとつまたは複数の囲い堰によっておこなわれる。川をわきへそらす作業は、ダム建設現場の上流と下流の川を囲い堰でせきとめることによっておこなわれる。

迂回(うかい)トンネルは、川を建設現場から迂回させるために建設する。そのようなトンネルは、ダムの完成後、別の有益な目的に利用されることがよくある。たとえば、フーバー・ダムの建設中に、迂回のために建設された、直径15mの4本のトンネルは、のちに排水路に転換された。

地形的な条件で、トンネルを建設できない場合には、ダムは2つの段階にわけて建設される。その場合、最初の囲い堰は、川幅の半分をせきとめ、その部分の基礎を建設する。その工程が完了すると、反対側に2番目の囲い堰を建設する。巨大なダムの建設の場合は、期間が7年間にもおよぶことがある。また、迂回路をつかうダムの建設中に、大規模な洪水がおきる可能性があるが、これは大きな被害をもたらす危険性がある。

XII. 日本のダム史

日本で初期のダムは、稲作にかかせない灌漑用の溜池(アースダムの一種)であった。記録上でもっとも古いものは、大阪狭山市の狭山池(さやまのいけ)で、6世紀ごろつくられた。現在、日本には灌漑用の溜池や沼が、全国に30万カ所あるといわれる。その中で、開発の起源が6~7世紀ころの大和時代や奈良時代にまでさかのぼるものが、十数カ所もある。

1. 古代~近世

平安初期には、弘法大師(空海)がつくったといわれる、讃岐国の満濃池が有名である。中世になると、灌漑用の溜池をはじめ、農業用地の開拓、改良を目的とした河川の改修や堤の構築など、さまざまな治水工事が盛んになった。近世になると、盛り土のほか、耐久性のある板や石積みの堰が生まれるなど、土木工事は材料や工法がいちだんと進歩した。なかでも、西嶋八兵衛(現在の静岡県浜松市出身)は堰づくりの名人として知られ、讃岐地方に90余りの池を築造したほか、伊勢、伊賀、大和、山城などでも治水、利水工事の指揮をとった。そのほか、兵庫県神戸市の千苅(せんがり)ダム(1919年竣工)や香川県観音寺市の豊稔池(ほうねんいけ。1930年竣工)を設計した佐野藤次郎、岐阜県恵那市の大井ダム(1924年竣工:恵那峡)や岐阜県中津川市の賤母(しずも)ダムの石川栄次郎などが知られている。

2. 近・現代

明治期以降は、外国人技術者の起用により、ダム建設にも西欧の近代工法が導入される。同時に、ダム建設の目的は、従来の灌漑用の溜池だけでなく、水道ダム、水力発電用ダムなど、多目的になっていった。

水道ダムとしては、1889年(明治24年)にアースダムの本河内高部ダム(長崎市)、1900年には、はじめての重力式コンクリートダム、布引五本松ダム(神戸市)が建設された。大規模な水道ダムとしては、東京都の水がめのひとつである小河内ダム(奥多摩湖)がある。このダムは、30年(昭和5年)に計画されたが、度重なる障壁をのりこえて戦後、57年に完成している。水力発電用ダムとしては、はやくも12年に有効貯水量88万4000m³の関西電力・峰山アースダム(兵庫県神河町)が竣工している。

その後も、全国の河川で水力発電用ダムが建設されたが、小規模なものがほとんどであった。また数度の戦争により、計画が延期されることも多く、大規模な水力発電用ダムは、新しい工法や新型の機械力を導入して、ほとんどが戦後の着工である。

XIII. ダムによる被害

エジプトのアスワン・ハイ・ダムは、1960年代に完成したが、そのため、古代エジプトの遺産であるアブシンベル神殿の移築に、ユネスコをはじめとする国際協力があり、世界じゅうから莫大(ばくだい)な寄付金をあつめなければならなかった。そのうえ、耕地や漁場の喪失、海岸の浸食、とくに塩の侵入という予期しない災害をもたらしている。

日本では将来にわたる環境破壊が危惧(きぐ)された例として、天竜川水系のダムや、長良川の河口堰があり、地元住民をはじめ、多くの自然保護団体や学識者が反対した。現在、中国が長江(揚子江)に世界最大の三峡ダムを建設しており、2003年から一部の稼働を開始、09年から全面稼働を予定している。ダム建設にともない120万人以上というかつてない大規模な住民の移住がおこなわれ、水質汚染やヨウスコウカワイルカ(カワイルカ)など固有種の絶滅の危機といった環境問題や事業の採算性などの問題が国内外から指摘された。

XIV. ダム建設のエピソード

戦前、小河内ダム建設のため、水没する村落をおわれた村民は、三多摩地域に代替地をあたえられてもなかなか順応できず、戦後も窮乏や流転をくりかえした。そんな悲劇を1937年当時、作家石川達三は「日陰の村」という小説にえがいた。同じころ、人気歌手の東海林太郎が哀調をおびたメロディにのせて、「夕日は赤し、身は悲し、涙は熱くほおぬらす、さらば湖底のわが村よ(下略)」とうたった「湖底の故郷」は、大人気であった。

戦後の経済復興の象徴として、日本じゅうが注目した佐久間ダムの完成をはじめ、黒部第4ダムや奥只見ダムの建設は、ともに巨大ダムで難工事となり、いろいろな話題をまいた。黒部第4ダムは、石原裕次郎制作主演の映画「黒部の太陽」で一躍有名になった。人跡未踏の秘境黒部峡谷に、世界屈指の大アーチダムを建設した関西電力は、社運をかけたといわれるが、成功の秘訣(ひけつ)は、徹底的に岩盤を調査したことと、その性状に即して忠実に設計したことにあった。

1991年(平成3年)に完成した北海道の美利河(ぴりか)ダムは、重力式コンクリートダムとロックフィルダムのコンバイン(複合)ダムである。堤頂長1480mは複合ダムとしては日本一の長さをほこるが、それも徹底した地盤調査のたまものであったという。

長良川の河口堰の場合は、環境破壊が問題となった。この水系の水害は古くから知られ、木曽川、揖斐川とともに木曽三川(きそさんせん)とよばれるこれらの河川の治水事業は困難であった。江戸中期には幕府の命令で薩摩藩が大規模な治水工事をおこなったが、多数の藩士が犠牲となった。1年半をかけて1755年(宝暦5年)に工事は完成したが、総奉行が引責自刃(じじん)している(宝暦の治水事件)。現代の長良川の河口堰工事も洪水対策ではあったが、環境破壊を危惧する人々の運動は軽視されることになった。ダムによって、集落が水没し、住居をうしなう人々が、補償をうけつけずに抵抗した例は多いが、結果として完成したダムにより、洪水や水資源確保に貢献した事例もある。

日本におけるダムの多くは公共事業として計画され、いったん計画が決定されると地域住民の声が反映されることは少ない。また、建設予定地の多くは過疎地であることが多いということにも問題がある。こうした中で、ダムのあり方を問う声も徐々に広まっている。「脱ダム宣言」をおこない県議会と正面衝突し、結果として2002年(平成14年)に再選された田中康夫長野県知事の例もあった。同年に熊本県知事は、球磨川の荒瀬ダムを水利権が失効する10年をめどに完全撤去することを表明。既存のダムとしてははじめての撤去表明となった。国土交通省近畿地方整備局も淀川水系のダムの見直しを表明しており、ダム先進国であるアメリカでも1990年代半ばには政府高官が「巨大ダム建設の時代はおわった」と言明。2008年には熊本県知事が、ダム計画発表から42年もたつ球磨川支流の川辺川ダム(熊本県相良村)建設計画の白紙撤回を表明している。

XV. 民主党政権ですすむダム建設見直し

2009年9月には、無駄なダム建設の中止をマニフェスト(政権公約)にのせた民主党が自民党にかわって政権につき、国土交通大臣が川辺川ダムや、1960年代にダム計画が具体化した群馬県の八ッ場(やんば)ダムの建設中止を表明した。さらに翌10月には国と独立行政法人水資源機構がすすめる国直轄56ダム事業のうち、川辺川ダムや八ッ場ダムをふくむ48ダムについて、2009年度内は事業を一時凍結することを表明した。