コルシカ島
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コルシカ島
III. 歴史

前550年ごろ、この島にはイオニア人の集落があった。第1次ポエニ戦争中の前259年、ローマ軍に征服され、その軍事基地となった。後476年の西ローマ帝国の崩壊後、バンダル族に支配された。その後、ビザンティン帝国とランゴバルド王国の一部となり、850~1034年にはイスラム教徒のムーア人に占領された。

11世紀に教皇庁の支配するところとなり、1077年、教皇グレゴリウス7世はピサから行政官を派遣した。ピサの商業・政治上のライバルだったジェノバは教皇インノケンティウス2世にせまり、1132年、コルシカに対する支配権をピサとジェノバの間で分割させた。1312年にはジェノバが支配権をえた。1458~1558年のフランス軍支配の時期をのぞいて、ジェノバが18世紀まで支配した。

18世紀に入ると、ジェノバに対する反乱が次々におこった。コルシカの愛国者パスカル・パオリも登場した。イギリスとフランスはこの混乱に介入し、ついに1768年、ジェノバはフランスにコルシカ島を割譲した。フランス革命とナポレオン戦争の間は、2度にわたってイギリス領となった。

第2次世界大戦中はドイツ・イタリア軍によって占領されたが、1943年末に解放された。58年にアルジェリアでのフランス系植民者(コロン)の暴動を支持する右翼の反乱分子によって、島は占拠された。その解決のためド・ゴールが首相として、ついでフランス大統領として政権に復帰した。コルシカの自治をもとめる運動は70年代に入ってから活発化し、これに対してフランス政府は82年に50名の議員からなるコルシカ地域議会の創設をみとめた。