リュリ,J.B.
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リュリ,J.B.
II. 宮廷バレエを母体に

1672年に王立音楽アカデミー(歌劇場のこと)をパリに開設することがみとめられ、音楽監督としてオペラの作曲を手がけるようになる。彼はその時代のフランスの劇作家コルネイユやラシーヌの古典悲劇をモデルとして、トラジェディ・リリック(抒情悲劇)とよばれるオペラをつくりあげる。

オペラの音楽は荘厳で重々しく、ことばの明晰さとフランス語の抑揚が尊重されている。また、見せ場に手のこんだダンスをもちいる手法や、壮大な合唱を使用する手法は、宮廷バレエの流れをくむものである。リュリのオペラは、独唱者の妙技を強調した当時のイタリア・オペラと対極にある。オペラには、「ペルセ」(1682)、「アマディス」(1684)、「アシスとガラテー」(1686)などがある。1687年3月22日、パリで死去。