アッシリア
印刷するには、[ファイル] メニューの [印刷] をクリックします。
アッシリア
III. シュメール・アッカド時代

前3千年紀のアッシリア地方は、たいていの中東地域と同様に、南部にあるシュメール文明の影響下にあった。アッシュールの発掘によって、この時代の神殿からは、シュメールのものと非常によく似た彫像が発見されている。つづく前2300年ごろのアッシリアは、シュメール・アッカドの一部となり、その帝国が前2000年ごろ崩壊すると、アラビア砂漠からセム系の遊牧民アモリ人が侵入し、メソポタミア地域は混乱した。

そのころ、アッシリア人はメソポタミア北部で1つの勢力を形成していたと考えられており、活発な商業活動をいとなんでいた。そして、前1850年までにアッシリア商人はアナトリア(小アジア)中央部を植民化し、金、銀、織物などの交易をおこなっていた。