アポロ計画
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アポロ計画
II. 準備段階

アポロ宇宙船および打ち上げに使用される大型ロケットのサターンVの開発がすすめられるのと平行して、サーベイヤー計画やルナ・オービター計画(→宇宙探査の「サーベイヤー」)などの無人探査機をつかった月面調査が重ねられ、マーキュリー計画やジェミニ計画という有人宇宙船による多くの実験がくりかえされて貴重なデータの蓄積がはかられた。だが、1967年1月に発射台上で地上実験中のアポロ宇宙船(1号)に火災事故が発生し、3人の宇宙飛行士(バージル・グリソム、エドワード・ホワイト、ロジャー・チャフィー)が死亡するという惨事がおこった。

この事故を契機に事故対策が急速にすすめられ、1968年に入って計画は急速に進展した。10月11日にはアポロ7号が初の有人飛行をおこない、11日間で地球を173周した。また12月21日に打ち上げられた8号は、24日にはじめて月からおよそ271kmの上空を周回した。3周目からは月上空約96kmの軌道まで降下し、全部で10周して地球に帰還した。さらに69年3月3日に打ち上げられたアポロ9号は、地球軌道上で6年の年月をかけて設計・製造されていた月着陸船のテストをおこなった。5月18日に打ち上げられたアポロ10号では、月着陸のための最終的な飛行テストが本番さながらにおこなわれた。宇宙飛行士のトーマス・スタフォードとユージン・サーナンが月着陸船にのりこみ、月軌道上を周回しながら月面の「静かの海」から1万4447mのところまで接近することに成功したのである。