| 検索ビュー | 宇宙論 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
宇宙の起源、進化、大規模な構造、将来のようすをふくめた、宇宙全体の研究。宇宙の起源や、太陽系のような天体系の起源の研究は、宇宙進化論ともよばれる。
| II. | 初期の宇宙論 |
前約4000年ころの最初の宇宙論は、メソポタミア人によって考えられたものである。それらは、地球が宇宙の中心にあり、宇宙とほかの天体が地球の周りをまわっている、というものだった。
夜空にみられる星の動きは、星が固定されている透明球体が回転するためである、と古代ギリシャのアリストテレスやプトレマイオスなどは説明した(→ プトレマイオス体系)。サモスのアリスタルコスは前270年ころ、地球が太陽の周りをまわっている、と主張したが、アリストテレスの権威のかげになり、地球が宇宙の中心であるとする説は長い間かわることがなかった。
1543年、ポーランドの天文学者ニコラス・コペルニクスが、自らの理論著を「天球の回転について」で、宇宙の中心は太陽であり、太陽の周りを惑星が円軌道をえがいて回転している、と提案したのである。星の出と入りは、地球が自転しているためであると説明した。このコペルニクス体系をドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーがうけて、惑星は3つの法則にしたがって、速度を変化させながら楕円(だえん)軌道をうごいていることを発見した。この法則はケプラーの法則とよばれている。
初めて望遠鏡をつかって惑星を観測したガリレイもまた、宇宙の中心を地球とするアリストテレスの考えを否定し、コペルニクス体系の擁護者となった。イギリスの数学者・物理学者ニュートンは、惑星の運動に関するケプラーの法則を、ニュートンが発見した運動と重力の一般法則からみちびきだせることをしめした。したがって、これらの物理法則は、地球だけでなく天にもあてはめられることがしめされたのである。
| III. | 星間距離 |
星と星との間がどれくらい離れているかということについては、19世紀初めにドイツの天文学者ベッセルによってしめされた。ベッセルは近くの星、はくちょう座61番星が、地球と太陽との距離の約60万倍の約9光年のかなたにあることを発見した。
1917年、アメリカの天文学者ハーロー・シャプリーは、銀河系(→ 天の川)の直径は約30万光年であると推定した。これははじめてしめされた銀河系の大きさである。しかし、シャプリーは遠くの星からの光が銀河系内にあるちり粒子によって吸収されてしまうことを考慮にいれていなかった。ちりのため天体は暗くみえ、実際よりも遠くにあるようにみえる。
現在では、みることのできる銀河系の直径はおよそ8万光年とされている。オランダの天文学者オールトは、太陽が銀河系の中心を一周するのに約2億5000万年かかることを発見した。そこから、銀河系の質量は太陽の質量の約1000億倍だ、と計算することができた。
20世紀の初めまで、渦巻きや楕円(だえん)の形をした星雲の本質はわかっていなかった。星雲が銀河系の中にあるのか、それとも外にあるのかもはっきりわかっていなかった。1924年、アメリカの天文学者ハッブルは、アンドロメダをふくむいくつかの星雲を、個々の星にわけてとらえることに成功した。
これらにはケフェウス型変光星(→ 変光星)とよばれる脈動星がふくまれていた。星の脈動周期を測定すると、これらの星固有の光度を測定することができる。星雲内でみつかったケフェウス型変光星の見かけの光度を、近くのケフェウス型変光星の光度とくらべることで、ハッブルはこれらの星雲が銀河系の外にあることを証明した。
これは、何千という渦巻き星雲と楕円星雲そのものが独立した銀河であることを意味している。つまり、銀河系の外に別の銀河があって、それぞれが何千億という星をふくんでいるのである。ハッブルは、アンドロメダ銀河までの距離を90万光年と推定したが、のちにケフェウス型変光星がもっと遠くにあることがわかり、220万光年に訂正されている。
| IV. | ハッブルの法則 |
銀河のスペクトルの研究をしていたアメリカの天文学者ベスト・スライファーは、アンドロメダ銀河のような近くにある数個の銀河をのぞけば、銀河のスペクトル線がより波長の長いほう(赤いほう)にずれていることに(→ 赤方偏移)、1912年に気づいていた。ドップラー効果によって生じる波長のずれは、銀河がわたしたちの銀河系から秒速数百キロメートルの速さで遠ざかっていることをしめしていた。
1929年、ハッブルは、さまざまな銀河までの距離と、スライファーが測定した同じ銀河の赤方偏移とを比較し、遠い銀河ほど遠ざかる速度が大きいことを発見した。これは、赤方偏移の法則またはハッブルの法則とよばれ、銀河の後退速度はその距離に比例する、というものである。銀河の距離に対する後退速度の割合をハッブル定数といい、現在、1メガパーセク(=100万パーセク)当たり秒速50~100kmと推定されている。
どの方向の銀河も銀河系から遠ざかっているようにみえるので、銀河系が宇宙の中心であるように思えるかもしれない。しかし、そうではない。等間隔に点をつけた風船を考えてみよう。風船がふくらむにつれて、それぞれの点上にいる観測者には、すべての点が自分から遠ざかっていくようにみえる。これはすべての銀河が銀河系から遠ざかっていくようにみえるのと同じである。このたとえはまた、ハッブルの法則のわかりやすい説明でもある。宇宙は風船のように膨張しているのである。
| V. | 宇宙の静止モデルと膨張モデル |
1916年、アルバート・アインシュタインは、自分の新しい理論、一般相対性理論(→ 相対性理論)を基礎とした宇宙モデルを提案した。時間を第4の次元と考えることで、重力はこの4次元空間の曲率と同等であることをしめした。彼の方程式の解は、宇宙は静止しておらず、膨張しているか収縮していなければならないことをあらわしていた。
膨張宇宙はまだ発見されていなかったので、アインシュタインは収縮しようとする重力とつりあわせるために、銀河の間にはたがいに反発する斥力があると仮定した。こうして「宇宙定数」を方程式に導入することで静止宇宙を解としてしまったのである。アインシュタインはのちにこれを「わが生涯の最大の汚点」といった。
静止していない宇宙のモデルは、1917年オランダの天文学者ウィレム・デ・シッター、22年ロシアの数学者アレクサンドル・フリードマン、27年ベルギーの神父ジョルジュ・ルメートルによってだされた。デ・シッターの宇宙は、重力が問題にならないような空っぽな宇宙についてアインシュタインの相対性理論方程式を解いたものである。
フリードマンの解は、宇宙にある物質の密度に根拠をおいており、現在の宇宙のモデルとしてうけいれられている。ルメートルもまたアインシュタイン方程式の解をえたが、「原始の原子」の考えを導入し、銀河は原始の原子の爆発によって放出された破片であり、その結果宇宙は膨張しているとした。これが、宇宙創世のビッグバン理論の始まりであった。
フリードマン宇宙の運命は、宇宙のなかにある物質の平均密度によってきまる。もし宇宙の中に比較的わずかな物質しかなければ、銀河のあいだではたらく引力は後退速度をわずかに遅くするだけで、宇宙は永遠に膨張するだろう。これは大きさが無限となる、開いた宇宙をもたらす。
しかし、もし物質の密度が臨界値(現在5 × 10-30g/cm³と推定される)よりも大きければ、膨張はゆっくりになってやがてとまり、収縮に転じて、最終的に全宇宙が完全に重力崩壊することになる。これは、大きさに限りがある「とじた」宇宙である。この崩壊した宇宙の運命はさだかではないが、ある理論によると、ふたたび新たな膨張する宇宙をつくり、それがふたたび崩壊するというように永遠につづくという。このモデルは脈動宇宙とよばれている。
| VI. | 宇宙の年齢 |
もし現在の宇宙の膨張速度がわかれば、宇宙が現在の大きさになるのにどれだけの時間がかかったかをもとめることによって、宇宙の年齢を推定することができる。この値は実際は、上限をしめすものとなる。現在の膨張は銀河間の引力ですでにおそくなっているからである。
最初に計算された宇宙の年齢はわずか20億年という値であった。この年齢は、放射性同位体とそれが放射性崩壊してできた元素とが岩石中にどれだけあるかによってもとめた、地球の年齢、50億年よりもかなり短かった(→ 年代測定法)。
距離の尺度とするケフェウス型変光星には2種類あり、それぞれが異なる固有の明るさをもっているが、2種類あることを知らなかったハッブルは、アンドロメダ銀河の距離を小さくみつもっていた。
最新の宇宙の年齢としては、NASA(アメリカ航空宇宙局)が2001年にうちあげた宇宙背景放射探査衛星WMAPの観測結果から、03年に137億年と発表している。
| VII. | 定常宇宙論 |
1948年、イギリスの天文学者ハーマン・ボンディ、トーマス・ゴールド、フレッド・ホイルが、定常宇宙論とよばれるまったくことなる宇宙モデルを発表した。宇宙が突然はじまったというのは、納得のいかないものだと考えた彼らのモデルは、「宇宙原理」を拡張したものだった。そのモデルとは、膨張による宇宙の密度の減少をおぎなうように物質が連続して生成され、したがって宇宙の現在の姿が永遠にたもたれる、というものである。しかし、65年に定常宇宙論と矛盾する宇宙背景放射が発見されたあとは、否定されている。
クエーサーの発見もまた、定常宇宙論をしりぞけることになった。クエーサーはひじょうに小さいがこうこうとかがやく銀河系外の天体で、ひじょうに遠くでしか発見されていない。光が地球にとどくのに何十億年もかかる。したがってクエーサーは遠い過去の天体であり、数十億年前には宇宙の構造が今日とはかなりことなっていたことをしめしている。
| VIII. | ビッグバン理論 |
1948年、ロシア生まれのアメリカの物理学者ジョージ・ガモフは、ルメートルの原始の原子理論を宇宙創世のビッグバン理論へと修正した。ガモフは、宇宙は巨大な爆発によって創造され、今日観測されるさまざまな元素はビッグバン直後の数分間につくられたと主張した。ビッグバン直後の宇宙の超高温と超高密度が、素粒子を融合させ化学元素を生みだした、というのである。
最近の計算では、水素とヘリウムのみがビッグバンの主たる産物で、より重い元素はのちに星の中でつくられたことをしめしている。原始の原子が超高密度であったことが、宇宙が急速に膨張する原因となったのだろう。宇宙が膨張するにつれて水素とヘリウムはひえ、星や銀河へと凝縮した。ビッグバン理論は、宇宙の膨張とハッブルの法則の物理的基礎を説明している。
宇宙が膨張するにつれて、ビッグバンの名残の放射はひえつづけ、現在では絶対温度で約3K(約-270°C)になっているにちがいない。この名残の放射が、電波によって1965年に発見され、ビッグバン理論の証拠とされている。
| IX. | 宇宙の進化 |
膨張する宇宙モデルで解明されていない問題のひとつは、宇宙がひらいている、すなわち永遠に膨張をつづけるのか、それともとじている、すなわち宇宙がふたたび収縮するのか、ということである。
この問題をとく方法のひとつは、宇宙の中にある物質の平均密度が、フリードマンのモデルの臨界値よりも大きいかどうかをきめることである。銀河の質量は、その中にふくまれる星の運動を観測することで測定できる。宇宙の物質の密度を、それぞれの銀河の質量に銀河の数をかけることで推定すると、臨界値の5~10%にしかならない。
銀河団の質量は、同じようにその中にふくまれる銀河の運動を測定する方法で知ることができる。銀河団の質量に銀河団の数をかけると、平均密度はもっと高くなり、宇宙がとじていることをしめす臨界値に近づく。この2つの方法の矛盾は、暗黒物質とよばれるみえない物質が、銀河団の中とみることのできない外の銀河の外側にかなりの量存在していることをしめしている。
もっとも遠くの銀河からやってくる光は何十億年も旅をしてくるので、宇宙が遠い過去にどうであったかをみることができる。ラージ・フォーマット・アレイとよばれる、感度のよい赤外線検出器をつかうことで、ハワイのマウナケア天文台では、これまでに発見されなかったひじょうに暗い銀河を何百個も観測した。
その多くは60億光年のかなたで集団をつくっている。この60億年前の宇宙の光景で、現在と大きくちがう点は、いろいろなタイプの銀河がまざっているのではなく、おもに1種類の銀河からなるということである。この銀河にふくまれる星の数は、銀河系やほかの銀河よりもずっと少なく、小型のタイプである。
今日観測されるわかい渦巻銀河と楕円銀河は、ビッグバンからだいぶたって、宇宙の歴史が比較的すすんだあとに、質量の小さい銀河の破片が合体することでつくられたのかもしれない。こうしてつくられた銀河は、宇宙の進化の一段階をあらわしているにすぎないのかもしれない。
現在の宇宙論の研究は、ビッグバンを形づくった過程をより理解することにむけられている。1980年代にだされたインフレーション理論は、最近の素粒子物理学の成果を組み入れて、ガモフの原始の原子理論にみられた主要な疑問を解消するものである。
このような理論から、インフレーション・モデルにしたがってつくられうる無数の宇宙の可能性といった、大胆な推測もおこなわれている。暗黒物質探しも熱心におこなわれている。しかし、スウェーデンのノーベル物理学賞受賞者ハンス・アルベーンらは、宇宙の構造と進化を理解する鍵となるのは重力だけでなくプラズマ現象(→ プラズマ)である、と考えて追究している。→ 物理学