| 検索ビュー | 国際連合 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
UNや国連と略称される。国際連盟のあとをうけて、第2次世界大戦後に設立された国際機構。1945年10月24日に国際連合憲章にもとづいて発足。本部所在地はニューヨーク。ジュネーブにヨーロッパ本部がある。国連の公用語は英語、スペイン語、フランス語、ロシア語、中国語、アラビア語(事務局での作業言語は英語とフランス語)。10月24日は「国際連合の日」とされ、世界各国でさまざまな行事がおこなわれている。2001年には、秩序ある平和な世界をつくるための業績が評価され、コフィ・アナン事務総長とともに、国際連合にノーベル平和賞(→ ノーベル賞)が授与された。
| II. | 国連の創設過程 |
最初の世界的規模での集団安全保障体制として第1次世界大戦後に組織された国際連盟が第2次世界大戦を防止できなかった原因には、主要国家が加盟していなかったことや、全会一致を原則とした意思決定手続きなど、国際連盟自体の問題もあった。したがって第2次世界大戦の初期から、国際連盟にかわる国際平和機構の必要性が提唱されていた。
しかし、戦争中に国連の構想がすすめられたことは、当時連合国と交戦中であった日本やドイツなどの諸国に対する安全保障上の例外的規定を国連憲章にふくめることにもなった。すなわち、それらの旧敵国に対しては、国連が誕生したのちにもその集団安全保障体制(→ 安全保障)の枠外で各加盟国が軍事力をふくむ行動をとることを可能とした(いわゆる「旧敵国条項」)。今日でも規定としてはのこされているが、すでに効力をうしなっており、近い将来に削除される動きにある。
| 1. | 戦後構想 |
1941年8月の米英共同宣言(大西洋憲章)において、フランクリン・ルーズベルト大統領とチャーチル首相は、「いっそう広汎(こうはん)かつ恒久的な一般安全保障制度の確立」に言及した。つづいて、26カ国が署名した42年1月の連合国共同宣言でもそのことがのべられている。45年3月1日までにさらに21カ国が署名し、これらの国家が同年4月から開催されたサンフランシスコ会議に参加して国連の原加盟国となった。43年10月、米・英・ソ3カ国の外相会談のあと、中国をくわえて4カ国によって採択されたモスクワ宣言(一般安全保障に関する4カ国宣言)の第4の原則は、できるだけはやい時期に、国際平和と安全のために「すべての平和愛好国の主権平等の原則にもとづく普遍的国際機構」を創設することをさだめている。
| 2. | ダンバートン・オークス提案 |
ワシントン郊外のダンバートン・オークスで、1944年8月から10月にかけて米・英・ソ・中の4カ国でおこなわれた会議では、モスクワ宣言の抽象的構想を具体化する作業がおこなわれた。アメリカの用意した原案を基礎として10月7日に完成されたダンバートン・オークス提案(「一般的国際機構設立のための提案」)は、今日の国連憲章の原型となったもので12章からなり、戦後国際平和機構の内容がほぼ確定された。さらに、「国際連合」という名称もここで決定された。
| 3. | ヤルタ協定 |
上述の会議では、いくつかの重要問題について合意がえられなかったが、翌1945年2月にクリミア半島のヤルタでおこなわれたルーズベルト、チャーチル、スターリンの米・英・ソ首脳による会談(ヤルタ会談)で決着がついた。たとえば、安全保障理事会での投票権については、理事国自身が紛争の当事国である場合、その紛争の平和的解決に関する議事の場合には当該理事国は投票を棄権しなければならず、強制的解決に関する議事については投票権を(したがって常任理事国の拒否権も)制限されないこととなった。
また、ダンバートン・オークス会議では、ソ連はその16の共和国(当時)のそれぞれを原加盟国としてみとめるように主張していたが、白ロシア(現、ベラルーシ)とウクライナの2共和国のみを原加盟国としてみとめることになった。さらに、国際連盟の委任統治制度にかえて、今日の国連憲章に規定されている信託統治制度を採用することが合意された。
| 4. | サンフランシスコ国連創設会議 |
ダンバートン・オークス提案とヤルタ会談での決定事項を原案として、国連憲章を採択するために、米・英・中・ソの4カ国が共同主催国となって、1945年4月25日からサンフランシスコ会議が開催された。招請されたのは、日本かドイツに対して宣戦しているか、連合国共同宣言に署名した国家である。のちに、アルゼンチン、白ロシア、ウクライナ、およびドイツの占領から解放されたデンマークも招請され、会議の出席国は50カ国となった。ポーランドは、連合国共同宣言には名をつらねたが同会議には出席できず、署名する権利があたえられた。
同会議で問題となったのは、4大国間の合意である原案とその他の諸国の主張との調整と、米・ソの対立に関係するものであった。とくに、議事進行などの手続き事項をのぞくすべての実質的問題について、米・英・中・ソ・仏の5大国が拒否権をもつことが問題となった。その対象を限定しようとする中小国の主張はみとめられなかったが、安全保障理事会に対する総会の権限が部分的に強化された。また、経済社会理事会の権限も強化され、同会議ではじめて詳細な規定がもうけられた信託統治理事会とともに、主要機関とされた。
| 5. | 国連の誕生 |
以上のような審議と部分的修正をへた国連憲章は、1945年6月26日に、サンフランシスコ会議の参加国50カ国とポーランドによって署名された。効力発生には5大国と、その他の署名国の過半数(すなわち24カ国)、合計29カ国が批准書をアメリカ政府に寄託することが必要であり、10月24日にこれが達成され、国連が成立した。この間に、太平洋戦争をふくめた第2次世界大戦のすべてが終結した。残りの署名国すべての批准書が寄託されたのは12月27日で、この51カ国が原加盟国とよばれる。第1回総会は、51カ国すべてが参加して、46年1月10日にロンドンの教会で開催された。
| III. | 原加盟国と加入加盟国 |
| 1. | 原加盟国 |
国連の加盟国は形式的に原加盟国と加入加盟国にわけられるが、加盟国としての地位、すなわち権利・義務に違いはない。原加盟国という呼称には、国連を創設した国々という意味もふくまれる。戦時中の連合国のみがこれに該当し、戦勝国のほか中立国をふくめて原加盟国とした国際連盟とはことなる。地域別では、西欧および中南米が多数派を形成していた。
| 2. | 加入加盟国の要件と加入手続き |
加入加盟国となる憲章上の要件は、「この憲章に掲げる義務を受諾し、且つ、この機構によってこの義務を履行する能力及び意思があると認められる」「すべての平和愛好国」である。「憲章に掲げる義務」については、強制行動に参加する義務とスイスのような永世中立国との関係が問題となり、スイス政府は強制行動に参加する義務を留保のうえで、国連に加盟することを希望したが、国民投票の結果、加盟申請はみおくられた(その後2002年9月に加盟)。
「平和愛好国」という要件は抽象的な規定であり、加入手続きにおける安全保障理事会の勧告と総会の決定を通じて具体的に判断される。そのため政治的に利用されることもあった。今日では実質的な要件というより、象徴的な意味をもっている規定と考えられている。加入手続きは、安全保障理事会の勧告にもとづいて、総会の決定によっておこなわれる。安全保障理事会の勧告は実質事項として拒否権の対象となり、総会の決定は「重要問題」として3分の2の多数決によっておこなわれる。
2006年6月現在、国連には191カ国が加盟している。
| IV. | 国連の組織 |
国連は任務が包括的であることから、複雑な組織構造をもち、多数の機関をそなえている。「主要機関」は、総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、国際司法裁判所、事務局である。主要機関のうち前3者は、「補助機関」を憲章にしたがって設立することができる。国際連盟では総会と理事会はその権限や任務において並列的関係にあったが、国連では形式上総会が最高の機関として国連の機能全般にわたって任務を担当している。ただし平和と安全の維持に関しては、安全保障理事会は総会に優先し、かつ、より強い権限をもつ。経済社会理事会と信託統治理事会は、それぞれ総会のもとで任務を遂行する。
国連専門機関は、国連とは独立・対等の国際機構であり、経済社会理事会と協定(専門機関協定)を締結することによって国連との連携関係(協力関係)をもつものである。専門機関には、ILO(国際労働機関)、FAO(国連食糧農業機関)、UNESCO(国連教育科学文化機関)、WHO(世界保健機関)、IDA(国際開発協会)、IBRD(国際復興開発銀行:→ 世界銀行)、IFC(国際金融公社)、IMF(国際通貨基金)、ICAO(国際民間航空機関)、UPU(万国郵便連合)、ITU(国際電気通信連合)、WMO(世界気象機関)、IMO(国際海事機関)、WIPO(世界知的所有権機関)、IFAD(国際農業開発基金)、UNIDO(国連工業開発機関)などがある。
| 1. | 総会 |
総会は全加盟国で構成され、その任務は国連の目的全体にかかわる。会期には、年次通常会期と、特別会期とがある。また、1950年の総会で「平和のための結集決議」が採択され、侵略などの事例において、安全保障理事会が拒否権によって活動不能となった場合は、安全保障理事会のいずれか9理事国の請求または加盟国の過半数の請求で緊急特別総会を開くことができるとした。
総会の補助機関には、主要委員会などのほかに、自立的な補助機関として、UNCTAD(国連貿易開発会議)、UNICEF(国連児童基金)、UNHCR(国連難民高等弁務官)、UNDP(国連開発計画)、UNEP(国連環境計画)、UNU(国連大学)、UNFPA(国連人口基金)、HABITAT(国連人間居住委員会)などがある。また関連機関として、IAEA(国際原子力機関)、WTO(世界貿易機関)などがある。
意思決定は、通常の問題については単純多数決、重要問題については3分の2の特別多数決でおこなわれる。国連の予算や組織に関する決議を例外として、総会のもつ権能は原則として勧告であり、法的拘束力をもたない。しかし、全加盟国によって構成される機関がおこなった意思決定は、国際世論の組織化されたものとして重要視されている。
| 2. | 安全保障理事会 |
国際平和と安全に責任をおう機関で、5つの常任理事国と10の非常任理事国の合計15カ国(当初は11カ国)で構成されている。→ 国連安全保障理事会
| 3. | 経済社会理事会 |
経済・社会・文化などについて権限をもつ機関で、総会、加盟国、関連専門機関に対して勧告をおこなうことができる。総会によって選挙される54の理事国(当初は18カ国)から構成される。→ 国連経済社会理事会
| 4. | 信託統治理事会 |
信託統治理事会は、国際連盟の委任統治を継承・発展させた信託統治制度をになうために、国連の主要機関のひとつとして位置づけられた。1994年に、最後の信託統治地域(戦略地区)であったパラオが独立したために、その任務を完了した。
| 5. | 事務局と国際司法裁判所 |
上記の各機関が国家(政府)の代表によって構成されているのに対し、事務局と国際司法裁判所は国家からは独立した個人(国際公務員)によって構成されている。
事務局は、その任務の遂行にあたって、いかなる政府からも、また国連外のいかなる当局からも指示をうけてはならず、「この機構に対してのみ責任を負う」ことになる。事務総長は、国連の行政職員の長としての任務のほかに、主要機関の会議において事務総長としての資格で行動し、これらの機関から委託された任務を遂行する。さらに国際平和に関する問題について安全保障理事会の注意をうながす権限ももつ。事務総長は、安全保障理事会の勧告にもとづいて総会によって任命され、任期は5年。国連職員のうち専門職については、広く人材をあつめるために各国の適正職員数がきめられている。日本人職員は、日本にわりあてられた適正職員数の下限にもみたない。
国際司法裁判所は、国際連盟時代の「常設国際司法裁判所」とほぼ同一の構成、機能をもつが、国連においてはその主要機関として位置づけられ、より密接な関係にある。→ 国際司法裁判所
| V. | 国連の目的と活動 |
国連憲章は、歴史上はじめて戦争を全面的に否定し、武力の行使は、例外的・暫定的性格の旧敵国条項によるものをのぞけば、憲章に規定されている強制措置と自衛権の発動の場合に限定された。しかし、チャプルテペック規約(1945年3月3日)による地域的安全保障(共同防衛)体制を有効に機能させようとする米州諸国をはじめ、一部の諸国は、安全保障理事会の許可を必要としないで自律的に行動するための憲章上の保証を要求した。
妥協として、第51条の個別的および集団的自衛権に関する規定が、サンフランシスコ会議で新しく追加された。ダンバートン・オークス提案には自衛権の規定はなく、地域的取り決めや地域的機関による強制行動は、理事会の許可のもとにとられるものとされていた。国連憲章では、個別的、集団的自衛権にもとづく行動は、行動後に安全保障理事会に報告することとなっている。
国連は、代表的な政府間国際機構であり、加盟国間の主権平等と武力の不行使を基礎としている。その目的および任務は、大きく2つにわけられる。第1は、国際平和と安全の維持および諸国間の友好関係の発展(国連憲章第1条1項、2項)で、第2は、基本的人権の尊重をふくむ、経済的・社会的分野での国際協力の促進(同条3項)である。
| 1. | 国際平和および安全の維持 |
国連は国際連盟の集団安全保障体制を継承し、より組織化した。個別的安全保障が結局は自国の安全保障を目的としているのに対して、自国をふくむ国際社会全体の平和と安全を目的としていることが集団安全保障の特徴である。
そのために、第1に憲章第6章の平和的手段による紛争解決、第2に第7章の強制措置、また第3に、憲章には規定されていないが、6章と7章の中間的な活動として、いわゆる平和維持活動(PKO)がおこなわれている。第1の紛争の平和的解決は、平和を破壊する恐れのある国際的紛争または事態を、国際法の原則にしたがった裁判や調停などの平和的手段によって解決することである。
第2の強制措置は、侵略などの平和を破壊する行為を鎮圧するために、軍事的または非軍事的な集団的措置をとることである。国連による軍事的措置では、各国の協力によって構成される国連軍が想定されているが、協力の義務を課する特別協定(第43条)が各加盟国と安全保障理事会との間に締結されていないので、正式な国連軍は存在しない。
第3のPKOは、平和をおびやかす局地的な紛争・事態の拡大を防止するため、あるいは紛争後の兵力引き離しや停戦状態の監視のために、国連が小規模の部隊ないし軍事監視員を派遣しておこなう諸活動のことである。PKOは冷戦時代の産物ではあるが、むしろ冷戦終結後に、多発する地域紛争などに多様なかたちで派遣されている。
| 2. | 国際協力の促進 |
この任務は、(1)経済的・社会的・文化的または人道的性質を有する国際問題を解決すること、および、(2)人種・性・言語または宗教による差別がなく、すべての人が人権および基本的自由を尊重するように助長奨励すること、の2つにわけられる。経済・社会的領域での国際協力の促進は、それ自体国連の主要な目的・任務であると同時に、国際平和および安全の維持と相互に不可分の関係にある。
以上の諸目的を達成するために、憲章の第2条には、国連および加盟国の行動原則が規定されている。それは、(1)すべての加盟国の主権平等、(2)憲章に規定された義務の誠実な履行、(3)国際紛争の平和的手段による解決、(4)国連の目的と両立しない武力による威嚇または武力の行使の禁止、(5)国連の行動への協力、(6)国連非加盟国の協力の確保、(7)国内管轄事項への不干渉、である。
| VI. | 国連の現状 |
創設以来60年が経過して、国連は複雑かつ変動のはげしい国際政治の中で、戦後の植民地解放、開発途上国の経済的・社会的開発への援助、人口問題や飢餓への対応、衛生や犯罪防止についての国際協力の促進など、国際社会のあらゆる問題の解決に努力してきた。
人権の国際的保護に関しては、世界人権宣言その他の国連決議や条約草案の作成などの役割をはたし、とくに、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)に対しては、経済制裁措置などの国連の対応によって、1991年に同政策の廃止宣言がおこなわれ、94年にマンデラ政権が誕生することとなった。地球環境の保全については、92年に国連環境開発会議を開催し、また、オゾン層破壊や地球温暖化の防止、野生生物の保護などに関する諸条約の成立にも関係している。そのほか、宇宙や海洋に関する条約草案の作成など、国際社会の平和と安全の維持や紛争解決などの政治的分野のほかにも、さまざまな活動をおこなってきた。
平和と安全の維持および紛争解決については、国連創設以来、米ソ冷戦構造の影響によってかならずしもじゅうぶんな役割をはたすことができなかった。ところが、1989年から90年にかけて冷戦が終結すると、憲章規定で予定されたものに近いかたちでの国連内の協力が実現した。たとえば、湾岸戦争においては、イラクによるクウェート侵略に際して、憲章にそった制裁措置の発動と、5常任理事国間の協調にもとづいた安全保障理事会の行動がとられた。それと同時に、一国内の民族紛争など、国連憲章が予定していた国家間の紛争とはことなるさまざまな形態の紛争が多発しており、国連の改革をふくむ新たな対応がもとめられている。
このような観点から、国連のもっとも重要な機関である安全保障理事会の常任理事国構成メンバーを拡大すべきではないかという議論がもちあがってきている(→ 安保理改革問題)。アメリカについで多額の国連分担金を拠出している日本にとって、国連憲章上のいわゆる「旧敵国条項」の削除とならんで、安保理常任理事国入りは重要な外交課題でありつづけている。同様に戦後復興をとげ、ヨーロッパで重要な役割をはたしているドイツ、あるいは世界の人口比や経済成長率からいって重い地位を占めるようになったインドやブラジルといった諸国も同じく安保理常任理事国入りを目標としている。これら4カ国はG4として活発な外交活動を展開しているが、アフリカ連合(AU)との統一案の作成に失敗するなど、その道のりはきびしい。→ 国連安保理拡大AU案