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アルファベット
I. プロローグ

ある言語の音をあらわす文字のことで、「アルファベット」という名前は、ギリシャ語のアルファベットの最初の2文字である「アルファ」と「ベータ」をならべたものからきている。

理想的なアルファベットは、1つの音に1つの文字が対応しているものであるが、このようなアルファベットはほとんどない。ただし、朝鮮語のハングルはほぼこのような対応になっており、世界のアルファベットのうちでもっとも完全な仕組みをもっている。日本語の仮名も、1つの音節に1つの文字が対応しているという点では、理想的な文字といえないことはない。しかし、アルファベットが原則として1つの音に対応するようになっているのに対し、平仮名や片仮名は1つまたは2つ以上の音からなる「音節」に対応しているという点でことなっている。また、漢字は音だけでなく意味もあらわす「表意文字」であるという点で、やはりアルファベットとは区別される。

初期の文字は表意文字であった。そのような文字としては、古代バビロニアやアッシリアでもちいられた楔形文字、エジプトのヒエログリフ、中国や日本で現在でももちいられている漢字(中国語)、マヤ文字(アメリカ先住民の諸言語:マヤ)などがある。

表意文字からアルファベットや音節文字へとかわっていったのは、表意文字を、対象や概念をあらわすためでなく、音をあらわすためにもちいるようになったことによる。ある表意文字が1つの音をあらわすようになる場合には、その文字の発音の最初の音がえらばれるのがふつうだった。たとえば、古代セム語では、「家」を意味する表意文字はbethと発音されていたのだが、その文字は、最終的にはbethの最初の音のbをあらわす文字としてつかわれるようになった。最初は「家」を意味していて、のちにはbの音をあらわすようになったこの古代セム語の文字が、英語のアルファベットのbのもとになっている。

II. 北セム文字

知られている最初のアルファベットは、前1700~前1500年ごろに地中海東部の沿岸地域で発達したと一般に考えられている。このアルファベットは北セム文字とよばれ、楔形文字とヒエログリフをくみあわせてできたものであるが、クレタ文字やヒッタイト文字のような類縁関係にあるアルファベットからとられたものもあるようである。北セム文字には子音をあらわす文字しかなく、単語の中の母音はおぎなってよまなければならなかった。

北セム文字をうけついでいる、現在のヘブライ文字の数は22、アラビア文字の数は28だが、やはり子音をあらわす文字しかない。ただし、なかには母音をもあらわすことのできる文字もあるし、子音文字の上下や横に母音をあらわす点や線をつけくわえることもできる。北セム系の文字は右から左に書かれる。アラビア語:セム語族:ヘブライ語

前1000年ごろに北セム文字が、南セム文字、カナン文字、アラム文字、ギリシャ文字の4つの系統にわかれたと考える学者は多い。ただし、南セム文字だけは北セム文字とは独立に発達したか、両者が共通の祖先から発達したのだという説もある。南セム文字は、アラビア半島でかつてもちいられていた諸言語や、現代のエチオピアの諸言語のアルファベットの起源である。

また、アラム文字は、西アジア全域でもちいられているセム系および非セム系のアルファベットのもとになっている。このうち、セム系の文字には、方形ヘブライ文字がふくまれるが、この文字は古代ヘブライ文字にかわってもちいられるようになり、現代ヘブライ語のアルファベットの原型となった。

III. ギリシャ・ラテン文字

ギリシャ人は、セム文字系統のフェニキア文字を採用し、もともと子音字22文字だったものを、24文字(方言によってはこれより多いものもある)にふやして、母音をあらわす文字と子音をあらわす文字を区別するようにした(ギリシャ語)。また前500年ごろから、ギリシャ文字は左から右に書かれるのがきまりとなった。ギリシャ文字は、地中海地域全体にひろまり、エトルリア文字、オスク文字、ウンブリア文字、ラテン文字などのもととなった。とくにラテン文字は、ローマ帝国の言語であるラテン語をしるすための文字だったため、西ヨーロッパで話されているすべての言語のアルファベットの基礎となった。

IV. キリル文字

後860年ごろ、コンスタンティノープルからきたギリシャ人の宣教師たちが、スラブ人をキリスト教に改宗させ、彼らのためにキリル文字といわれる文字を考案した。「キリル」という名称は、その宣教師たちの1人であるキュリロスの名前からきている。キリル文字は、ラテン文字と同じくギリシャ文字に由来しており、文字の形は9世紀の様式にもとづいている。ただし、スラブ語にはあるがギリシャ語にはない音をあらわすために、いくつかの新しい文字がつけくわえられた。

キリル文字は現在、ロシア語、ウクライナ語、セルビア語、ブルガリア語でもちいられているが、同じスラブ語でも、ポーランド語、チェコ語、スロバキア語、スロベニア語では、ラテン文字がもちいられている。バルカン半島で話されているセルビア・クロアチア語では、カトリックのクロアチア人はラテン文字をもちいているが、ギリシャ正教のセルビア人は、同じ言語でありながらキリル文字をもちいている。スラブ語派

V. アラビア文字

アラビア文字は、4世紀ごろにアラム文字からわかれてできたものと考えられる。この文字は、アラビア語のほかペルシャ語やウルドゥー語でももちいられ、中近東全域、アジアやアフリカの一部、南ヨーロッパなど、イスラム世界で一般にもちいられている。アラビア文字には2つの書体がある。ひとつはクーフィー書体とよばれる正式の書体で、肉太の字体である。この書体は7世紀の末に考案された。もうひとつはナスヒー書体とよばれる草書体で、現代アラビア文字の母体にあたる字体である。

VI. インドと東南アジア諸言語の文字

インドや東南アジアでもちいられている文字については、それが独自に発達したものか、それとも古代セム文字の系統なのかという問題がある。インドでもちいられているもっとも重要な文字のひとつであって、サンスクリットを書きしるすのにもちいられているデーバナーガリー文字は、1音に1字というアルファベットの特徴と音節文字の特徴をうまくくみあわせた文字である。デーバナーガリー文字の起源ははっきりしていないが、この文字から、ベンガル語、タミル語、テルグ語、シンハラ語、ビルマ語、タイ語の文字が生じたものと考えられている。インドの言語

VII. 人為的なアルファベット

これまで説明したアルファベットのほとんどは、古い原型から時代とともに変化したり、古い原型に改変をくわえてでてきたものである。しかし、文字をもたない民族や、外国語の文字をつかっていた国家のために、人為的につくられたアルファベットもある。有名なのはアルメニア文字で、この文字は405年にメスロプ・マシトツによって考案され、現在でもつかわれている。モンゴル語をしるすための縦書きのパスパ文字は、中国で1269年ごろにつくられた。

近代でも、1820年ごろにチェロキー語の音節文字がアメリカ先住民の指導者によって考案されたのをはじめとして、19世紀にはアメリカ先住民諸語のためのアルファベットや音節文字が、ラテン文字やキリル文字をもとにして、宣教師などの手によってつくられている。

VIII. アルファベットの改変

どんなアルファベットでも、ことなった言語を話す民族によってつかわれていれば、それぞれ改変がくわえられるものである。アルファベットの数や文字の形もちがうし、文字の上下に記号をつけて、その文字が本来あらわす音とはちがった音をあらわすこともある。たとえば、cの下に小さなsをつけた「セディーユ」という文字は、フランス語、ポルトガル語、トルコ語などではふつうにつかわれるが、英語では外来語をのぞいてほとんどつかわれない。また、セディーユは、フランス語とポルトガル語ではsの音をあらわすが、トルコ語ではtの音をあらわすし、古いスペイン語ではtsの音をあらわしていた。同様に、jは、英語ではdの音をあらわすが、ドイツ語ではyの音をあらわしている。

アルファベットは、1つの文字が1つの音をあらわすようにしようとして発展してきたものではあるが、アルファベットをもちいている言語のほとんどでは、このような原則がまもられていることはあまりない。その大きな理由は、話し言葉が変化するのに対して、つづり字は変化しないからである。たとえば、英語で「騎士」を意味する単語のつづりがknightであるにもかかわらず発音が[nait]なのは、古い英語ではkもghも発音されていたが、現代の英語ではそれが発音されなくなったからである。英語のようにつづり字と発音の間の違いの大きな言語では、つづり字改革運動がおこっている。

言語:速記