| ブルボン家 | 項目ビュー | ||||
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| III. | スペインのブルボン家 |
フランス国王ルイ14世の妻マリア・テレサはスペイン国王フェリペ4世の娘だったことから、フェリペ4世の子カルロス2世が死んでスペイン・ハプスブルク家がたえたあと、ルイ14世の孫アンジュー公フィリップが1700年にスペイン国王フェリペ5世になった。巨大な力をもつブルボン家がスペインを支配することに対する反対は強く、イギリス、オーストリアなどとフランス、スペインの間でスペイン継承戦争(1701~14)がおきたが、最終的にはフランスとスペインの併合を禁止するなどの条件付きでフェリペ5世の即位はみとめられ、ここにスペイン・ブルボン王家が生まれた。フェリペの死後は2人の子フェルナンド6世、ついでカルロス3世が王位をついだ。カルロス3世の2人の子のうち長男はカルロス4世となり、2男はナポリ王となって分家を創始した。
1808年にカルロス4世はナポレオン1世に敗北したが、14年にその子フェルナンド7世が王位をとりもどした。フェルナンドの死後、娘が33年にイサベル2世として即位すると、弟カルロスがサリカ法典の相続法を根拠として王位を要求したため、以後70年代まで数次にわたるカルリスタ戦争とよばれる内乱がおきた。イサベルの孫アルフォンソ13世は1931年の共和主義革命に際して国外に亡命し、スペインは共和制になった。スペイン内乱でフランコ将軍が勝利をおさめたあと、フランコはアルフォンソ13世の孫、フアン・カルロスを自分の後継の元首として指名した。フアン・カルロスは75年のフランコの死去後、フアン・カルロス1世として王位につき、スペイン・ブルボン王家が復活した。