| 難民 | 項目ビュー | ||||
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| III. | 難民の歴史 |
難民の歴史は古い。さかのぼれば聖書の出エジプト記も難民の記述である。近代では、カルバン派のユグノーとよばれた人々がオランダ、スイスへ大量にのがれたり、フランス革命時に王党派の人々が移民となって流出した。
| 1. | 第2次世界大戦前 |
20世紀になると、1つの事件で発生する難民の数が増大する。19世紀末からつづいたトルコからのアルメニア人難民は、殺害されたり、ロシアにのがれたりした者の数が数十万にも数百万にものぼるといわれている。
1917年のロシア革命後、革命に反対するロシア人が150万人もヨーロッパ各地に脱出し、その保護のために、21年に初代の難民高等弁務官が国際連盟によって任命された。ナチス(→ ナチズム)の台頭とともに、ドイツからユダヤ人難民が大量に流出し、その保護のために、33年にはドイツ難民高等弁務官が設置された。後に両者は統一され、39年に国際連盟難民高等弁務官の設置をみた。
| 2. | 戦後世界 |
第2次世界大戦では、ファシズムの台頭によってドイツ、イタリアから多くの人々が追放され、戦後も東ドイツからの難民は多数にのぼる。
さらに、その後も朝鮮戦争、インドシナ戦争、中東戦争などが発生するたびに、大量の難民が発生している。なかでも、イスラエルの建国と中東戦争によるパレスティナ難民は現在300万人にのぼり、1949年には国連パレスティナ難民救済事業機関(UNRWA)が設置されている。71年のバングラデシュの独立の過程では1000万人もの難民が発生した。
1975年には、サイゴン陥落後のベトナムから海をこえて脱出するボートピープルが、さらに79年からは内戦のつづくカンボジアからもタイへ多数の人々が難民となって流出している。80年代にはソ連のアフガニスタン侵攻やその後の内戦でパキスタンとイランに流出したアフガニスタン難民は500万人に達し、イラクのクルド人やイスラム教シーア派の人々、イラン人などが戦争や政治的弾圧で故国をはなれた。
このように、紛争がおこるたびに難民の発生は後をたたない。近年では、戦乱などによってルワンダ、ソマリア、チャド、スーダン、リベリアなどのアフリカ諸国、中東と中央アジア諸国、そして東ティモールなど東南アジアでも、国境をこえた難民だけではなく、国内にとどまっているが難民と同じ状況にある国内避難民が発生している。
また、中南米・カリブ海地域では、1959年のキューバ革命後に多くのキューバ人がアメリカや中南米諸国あるいはスペインへ脱出、70~80年代にはチリ、アルゼンチン、ニカラグア、エルサルバドルから難民が流出した。さらに、ソ連・東欧諸国の社会主義体制の崩壊にともない、新たな民族紛争がもとになり膨大な国内避難民などが生じている。