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パキスタンのカラチから北へ約300km、ラールカナの南部にあるインダス文明最大の都市遺跡。政治と交易の中心都市だった。1922年にバネルジーが発見して以来、20年代のうちにイギリスの考古学者マーシャルらが大規模な発掘をし、現在まで都市の範囲が80ha以上あり、城塞(じょうさい)地区と市街地区にわかれていることがわかっている。
城塞とよばれる西の小高い基壇になっている地区は、東の市街地区より規模がかなり小さい。ここは城壁でかこまれており、大きな公的建物群がある。これらの建物は穀物倉・会堂・大沐浴場などと考えられている。
市街は住宅や仕事場といった焼成煉瓦(れんが)づくりの建物群が、東西南北にのびる大通りによって区画されている。そして建物や道路には精巧な排水や下水設備がそなわっている。両地区から石製や青銅製の彫像、特異な三角形小陶板、さらに1000をこえる凍石製の印章など数多くの遺物が出土した。