| 火薬 | 項目ビュー | ||||
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| II. | 歴史 |
火薬は、羅針盤、印刷術などとともに中国人の発明とされている。中国人によってはじめて調合された火薬は、黒色火薬とよばれるもので、カリ硝石、硫黄、木炭を調合したものだった。この発明にかかわったのは、春秋戦国時代以降、方術とよばれる神秘的な技術や技芸にたずさわった方士たちだった。
とくに、秦の始皇帝を筆頭にした権力者たちは、不老長寿の術に関心をよせ、その研究にたずさわった方士たちは重用された。黒色火薬は、薬物学者でもあった方士が、不老長寿の薬をつくるために、さまざまな調合をおこなった際に、カリ硝石と硫黄と木炭をまぜあわせるとできる、独特な性質の物質として発見された。
しかし、唐代の道家によって書かれた「真元妙道要路」には、カリ硝石、硫黄、雌黄(硫黄とヒ素の化合物)のはげしい燃え方についての記載がみられることから、黒色火薬は、唐代の道家(→ 道教)によって発明されたものとも考えられている。のちに軍事的用途にももちいられたが、薬物としても使用された。
宋(北宋)の仁宗時代の1044年、曾公亮が書いた「武経総要」(全40巻)には、黒色火薬の製造法とともに、火器としての使用法に関する記載がみられる。これらの火器は、金と北宋の戦いで実際に使用されたといわれ、さらに、黒色火薬の知識はモンゴル帝国にひきつがれ、元寇の際に日本人は、はじめて火薬と火器の恐ろしさにふれた。またそれ以前、モンゴル軍の遠征によって火薬の知識がイスラム諸国につたわり、それがヨーロッパへつたえられて、近代火薬へと発展していった。