| フランス領ギアナ | 項目ビュー | ||||
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| IV. | 歴史 |
フランスがギアナ海岸に居住地をきずいたのは17世紀である。その後ポルトガル人に、ついでイギリス人に占領されたが、19世紀初頭、フランスの領有権が回復した。1852年に因人による植民がはじまる。しかし入植はうまくいかず、1938年に廃止された。第2次世界大戦でのドイツ軍によるパリ入城(1940年6月)後、住民は親独的なペタン元帥のビシー政府に忠誠を表明した。43年3月18日、ビシー政府の息がかかった統治者は連合国支持グループに追放され、民主的権利を弾圧しようとした政令が廃止された。これによって仏領ギアナに対する連合国の経済封鎖はとかれ、アメリカ合衆国、ブラジル、アメリカ大陸におけるイギリスやオランダ領域との交易も再開され、46年3月19日フランスの海外県となった。68年、ヨーロッパ宇宙事業団が人工衛星の発射場をクールーに設置し、地域経済の活性化に貢献した。70年代後半、農林業の生産改善を目的としたグリーン・プランが実施された。