マルチニーク島
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マルチニーク島
III. 歴史

コロンブスがマルチニーク島をおとずれたのは、1502年のことと考えられている。1635年から、アメリカを植民地化する目的で設立されたフランスの企業が所有していたが、74年にフランス政府が買収した。17~18世紀には、植民地をめぐる英仏間の戦争で、マルチニーク島はたびたびイギリスの占領支配をうけた。またこの島はナポレオン1世の妻ジョゼフィーヌの生誕地でもある。1902年、ペレー山(標高1397m)が噴火し、島内最大だった都市サンピエールが破壊された。46年にフランスの海外県となった。