| 検索ビュー | 金(鉱物) | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
鮮やかな光沢をもつ黄色の金属元素。やわらかく、密度が高い。遷移元素に属する。
金は古代から、永遠にかわらない輝きをもつ金属としてとうとばれ、貨幣や装飾品として利用されてきた。元素記号Auは、金を意味するラテン語aurumからとられたものだが、この言葉は光または赤をあらわすヘブライ語に由来するといわれている。英語のgoldも、「輝く」をあらわすサンスクリット語から生まれたものとされる。
| II. | 性質 |
やわらかい金属で、展延性(→ 延性)はすべての金属の中で最大であり、成形、加工が容易である。金の塊をハンマーでうちのばせば、およそ0.0001mmの薄さの金箔に加工できる。また1gの金を約3000mの金線にのばすこともできる。熱と電気の伝導性は、銀、銅についで高い。塊状の金は明るい黄色で、すぐれた光沢がある。微細な粉末および溶液中に分散したコロイドの場合は、赤または紫の色をおびる。また、溶融した金は緑色となる。ごくうすい金箔は光を透過するが、その場合の透過光は緑から青色となる。
化学的な反応性は、極端に低い。酸素や水による作用をうけず、空気中や水中ではきわめて安定である。強酸、強アルカリをはじめ、ほとんどの酸化剤とも反応しない。しかし、塩酸と硝酸の混合物である王水や、セレン酸H2SeO4にはとける。酸素の存在下であれば、シアン化アルカリ水溶液にも溶解して、シアン化物となる。塩素、臭素とも直接反応し、三塩化金AuCl3、三臭化金AuBr3などの塩化物、臭化物をつくる。
| III. | 存在 |
金は希少な金属元素で、分布は全世界のひろい範囲におよんでいる。金の大部分は金属状態の自然金として、石英の鉱脈にまじって産出する。黄鉄鉱などの鉄鉱石や、黄銅鉱、方鉛鉱などの銅や鉛の鉱石中に微量の金がふくまれることも多い。これらの微量の金は、金属精錬の際に、副産物として容易にとりだすことができる。川底などの沖積層からは砂金が産出することがあるが、これは石英の鉱脈が風雨によって浸食され、ふくまれていた金が河川に流出して形成された、堆積物による砂礫(されき)鉱床である。
自然金は純粋な金ではなく、多くはコハク色の銀との合金で、エレクトラムとよばれる。天然に存在する金の化合物は、大部分がテルルとの化合物であり、カラベラス石AuTe2、シルバニア鉱(AuAg)Te4などが知られている。
まれに鉱脈や河床などから大きな自然金の塊が発見されることがあり、これらはナゲットとよばれる。これまでに知られている最大のナゲットは、1872年にオーストラリアで産出したホルターマン天然金塊(重さ約213kg)である。それに先立つ69年にやはりオーストラリアで発見され、「ウェルカム・ストレンジャー」と名づけられた約71kgのナゲットは、最高純度の天然金塊である。
金は、海水中にも、ごくわずかにふくまれる。とけている金は0.000004ppmといわれ、海洋全体では、550万tに達すると推定されるが、濃度が極端に小さいため、採取は困難である。海水からの金採取にかかる費用は、採取された金の価格を大きく上まわることになろう。
| IV. | 用途 |
金は人類史上、銅とならんで古くから使用されてきた金属である。前3000年のメソポタミア文明をはじめ、エジプト、スキタイ、インカなど多くの古代文明において金が利用され、装身具や容器などの金製品がつくられた。金の利用がはやくからはじまった理由としては、金のすぐれた光沢と耐食性にくわえ、天然の自然金からたやすく精錬できること、やわらかく加工しやすいことがあげられる。貨幣金属としても古くから利用されてきたが、これは金が希少価値をもつこと、こわれたり変質しないで貯蔵できることによる。
金の価値は現在でもかわらず、金地金や金貨として、国際市場で大規模に取り引きされる。各国政府や中央銀行は大量の金を保管するが、個人の財産として蓄蔵される金もかなりの量にのぼる。金の計量単位はトロイオンスで、金地金や金貨の多くはトロイオンス単位で鋳造される。1トロイオンスは31.1gに相当する。
| 1. | 装飾用 |
金は装飾用金属としてひろく利用され、各種の宝石とくみあわせて指輪やネックレスなどのアクセサリーに加工される(→ 装身具)。ただし、純金はやわらかすぎて不便なので、たいていは他の金属とまぜあわせて、硬度を高めたものを使用する。金に銅、ニッケル、亜鉛をくわえたホワイトゴールドも、装身具にひろく利用される。金をうすくのばした金箔も、美術工芸品や書籍などの装飾材料としてつかわれる。装飾用以外の用途では、歯科材料、万年筆のペン先などに、金合金が使用されている。
合金中の金の含有率はカラットでしめされる。カラット表示では、純金を24Kとして数字をわりふる(K24ともあらわされる)。代表的な金製品のカラット数は、金貨21.6K(金90%)、義歯20~22K(金約83.3~91.7%)、装身具18K(金75%)、金ペン先14K(金約58.3%)が標準である。
| 2. | 工業用 |
電気伝導率が高く、耐食性にすぐれているため、電気・電子工業用に利用される。近年、半導体の利用が拡大し、これにともなって半導体集積回路をつくるためのめっき用材料として、金がひろくつかわれている。ICチップの接合に金・シリコン合金などの低融点はんだが、また、電極の接続用に金の極細線がつかわれる(→ 集積回路)。しかし、最近ではコストダウンをはかるために、銀、銅、アルミニウムなどが代替品として利用される傾向にある。電気の接点にも金が使用されている。
金には高熱を反射する性質があるため、航空産業や宇宙産業では、金箔を断熱材としてジェット機やロケットなどに使用している。鉄との合金は、極低温領域のセンサーにつかわれている。カシウス紫金は、塩化金と塩化スズからつくられるコロイド状の紫色顔料で、ガラスや陶磁器の赤や紫の着色にもちいられる。
ほかに医薬品として、リウマチ性の関節炎に金化合物がもちいられる。また、金の放射性同位体は、癌の治療や悪性腫瘍の転移の診断に利用される(→ トレーサー)。
| V. | 採鉱と精錬 |
地下に存在する金鉱脈は、地表に露出した金鉱石から発見されることが多い。鉱脈中の金の採掘は、石炭や各種の金属鉱石と同様の採掘法でおこなわれる。金鉱床が地表近くに存在する場合は、地表の土石をのぞいてから鉱石を順次採掘する露天掘りがおこなわれるが、地中深く存在する金鉱床の場合は、地表から坑道をほりさげて鉱石を採掘する坑道掘りがおこなわれる。
採鉱の対象となる金鉱石は、1t中に金を最低5gふくむものである。金鉱石から金をえるには、アマルガム法、青化(シアン化)法などがある。アマルガム法では、採鉱した金鉱石を適当な大きさに粉砕し、水銀をまぜる。金は水銀にとけこんでアマルガムを形成する。このアマルガムから蒸留によって水銀を分離する。青化法では、金鉱石をシアン化ナトリウムNaCNまたはシアン化カルシウムCa(CN)2の水溶液にとかす。この溶液に亜鉛末をくわえると金が析出するので、これを溶融し、さらに電解して金をとりだす。アマルガム法は、現在、日本ではほとんどおこなわれていない。シアン化法は、19世紀末に実用化され、金の生産量が急増した。
日本における金の生産は、主として、銅や鉛の精錬における副産物として回収する方法によっておこなわれる。
| VI. | 生産の歴史 |
金の生産は、紀元前のエトルリア文明、ミノス文明、アッシリア文明、エジプト文明において、すでにはじまっていた。当時は河床や沿岸などに堆積した砂金を、皿や鉢などの容器ですくって流水中でゆする、揺り皿法などの単純な手段でとりだしていた。インド、スキタイ、エーゲなどの古代文明でも、砂金の採取がおこなわれていた。現在では、古来の砂金産出地のほとんどで、砂金は採取されつくしている。
時代をへて採鉱技術が進歩すると、鉱脈中の金採掘がはじまった。紀元前にすでに採鉱技術は発達しており、古代ローマ帝国は、スペインの金山から産出する金を多量に獲得し、帝国の財源とした。しかし、膨大な量の金貨を交易の代価として流出させている。中世ヨーロッパでは、おもにドイツ、オーストリア、スペインの鉱山で金が採掘されたが、技術的な進歩は少なく、生産はふるわなかった。
コロンブスがアメリカ大陸に到達した1492年当時、ヨーロッパ大陸に保有されていた金の総量は、20tにもみたなかったと推定されている。しかし、スペイン帝国による南米の植民地化がすすむと、ヨーロッパに流入する金の量は飛躍的に増大した。南米では1600年にいたるまで、全世界の金の約35%を生産したが、この数字には鉱山からの金採掘のほか、先住民から奪取した金製品もふくまれている。つづく17、18世紀も、中南米は金産出の世界的中心地域であり、全世界の金の約60~80%を産出した。15世紀終わりから1850年にかけて全世界で産出された金の量は、総計でおよそ5000tにのぼると推定される。
| 1. | ゴールドラッシュ |
19世紀半ばには、北アメリカ大陸が金の主要な産地となった。北アメリカ大陸の金産出地はアパラチア山脈にそった東部地域と、ロッキー山脈から太平洋沿岸にかけての西部地域とにわかれている。
北アメリカ大陸西部の金産出地域は、北はアラスカから南はメキシコにいたる山脈地域にひろがっている。最初に金が発見されたのは1848年のカリフォルニアだが、この発見をきっかけにゴールドラッシュがはじまり、全世界から多くの人間がカリフォルニアに殺到した(→ フォーティ・ナイナーズ)。次の5年間には同州で、価格換算にして2億8500万ドル以上もの金が産出されたが、これはそれまでアメリカ合衆国の内陸部から産出された金の総量の21倍にあたる。
ゴールドラッシュによる人口集中で、それまで西部の僻地(へきち)にすぎなかったカリフォルニアは、政治的、経済的に大きな発展をとげた。やがてゴールドラッシュは未開発の西部山岳地帯におよび、ネバダ、オレゴン、ワシントンなど西部の各州で金が発見され、金鉱開発をきっかけに西部の経済活動は活発化した。ゴールドラッシュによる西部への人口移動は鉄道の発達をうながし、アメリカ西部の開発は大きくすすんだ。
1851年には、南半球のオーストラリアでも、ビクトリア州で金が発見されると、ゴールドラッシュがはじまり、オーストラリアの発展に大きな影響をおよぼした(→ メルボルン:シドニー)。
アラスカではじめて金が発見されたのは1880年だが、99年にノーム、1902年にフェアバンクスで金鉱が発見されると、本格的なゴールドラッシュが到来した。以後、アラスカは急速に発展し、1912年には準州として自治がみとめられた。
カナダでは、1896年、ユーコン川の支流クロンダイク川河口の町ドーソンで金が発見され、ゴールドラッシュがおこっている。
| 2. | 南アフリカ共和国 |
1884年には南アフリカ共和国のウィトウォーターズランドで金鉱が発見され、86年に採掘がはじまると、ゴールドラッシュがおこった。この地域は当時、オランダ系入植者のボーア人が統治していたが、金鉱の発見によってイギリスとの間にボーア戦争がおこり、1902年以降は戦勝国イギリスの統治下にはいった(→ トランスバール諸州:セシル・ローズ)。現在、金産出国の第1位は南アフリカ共和国で、年間600t以上の金を産出する。これは全世界の金産出量の約半分に相当する。
全世界の金産出量のうち約80%は、南アフリカ、アメリカ合衆国、旧ソ連、オーストラリア、カナダ、中国、ブラジルで産出したものだが、そのほか約60カ国で、金の商業生産がおこなわれている。
| VII. | 日本の産金 |
| 1. | 奥州の黄金 |
最初の産金の記録は、「続日本紀」の749年(天平21)2月の項にみられ、現在の宮城県遠田郡にあたる陸奥国国司から、砂金採取の報告があったとしるされている。4月には陸奥から金13kgが貢金として京にとどけられた。東大寺の大仏の金めっきには、150kg前後の金がつかわれたという。奥州藤原氏3代約100年間に、合計約10t(年平均約100kg)の砂金がとれたとつたえられている。
平安時代には、金鉱脈が多く存在する東北地方から、ひきつづき砂金の採取がつづけられた。12世紀に建立された平泉の中尊寺金色堂は、当時の盛んな産金を象徴するものである。また、このころ日宋貿易が盛んになり、日本は金を大量に輸出していた。元(げん)の時期の中国にきたマルコ・ポーロが、「東方見聞録」の中で日本について「黄金の国ジパング」と紹介したのは、金色堂のうわさをきいたためだといわれる。室町時代にはいっても、明や朝鮮への金の輸出はつづいた。
| 2. | 近世以降 |
16世紀から17世紀初めにかけて、産金は盛んにおこなわれるようになり、佐渡金山の開発が江戸幕府によってすすめられた。佐渡金山は、江戸期には合計40tの金を産出した。17世紀半ばごろには薩摩藩の山ヶ野金山が佐渡金山とならんで全国屈指の産金量を記録している。しかし、その後産金はふるわなくなった。明治期に政府により新しい技術を導入するなどの努力がなされたが、産金量は17世紀中葉のそれにはおよばなかった。
やがて1940年には鉱山からの産出量は27tに達するが、60年代にはいると10t台に、80年代には3t台に減少した。しかし、85年7月に採掘がはじめられた鹿児島県の菱刈金山は、金の含有量がいちじるしく高く、有望な鉱床として注目されている。90年代半ば、鉱山からの金産出量は8t台になった。
| 3. | 総産金量 |
日本の産金量は、奈良時代から安土桃山時代にかけて255t、江戸期に100t、明治初期から1980年代末にかけて1250t、合計1605tと推定される。古代から世界で採掘された金の総量は約10万tと推定され、日本は世界の1.6%の金を産出したことになる。
| VIII. | 金の経済 |
金は近代以降の世界貿易で、国際通貨の役割をはたした。金を貨幣制度の基礎におき、政府の発行する通貨が一定量の金と交換されることを保証した金本位制は、1816年にイギリスで最初に確立され、19世紀末には多くの先進国で採用された。日本では、97年(明治30)に確立をみた。しかし、第1次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)で、各国の金本位制は停止され、戦後、一時は復活したものの、世界大恐慌によってふたたび停止においこまれた。
第2次世界大戦後は国際連合にIMF(国際通貨基金)が発足し、当時最大の金保有国だったアメリカ合衆国の通貨、ドルが国際通貨にさだめられた。IMF体制のもとでは金1トロイオンスの交換比率は35ドルにさだめられていたが、ドルの流通量が世界的に増加し、ドルと交換可能な金の量が大幅に不足したため、1971年、ドルと金との交換は停止された。
現在、金価格は国際市場での需給関係によって決定されるが、国際的な政治・経済の動向によって大きく変動することもある。1970年代以降、金価格は上昇をつづけ、80年には1トロイオンス850ドルを記録したが、その後は下降し、96年にはいって1トロイオンス約380ドル台におちついた。
日本国内では、1973年(昭和48)に金輸入が、78年には輸出が自由化され、金取引が活発になった。82年には東京金取引所が開設されたほか、新銀行法により銀行や証券会社で金の窓口販売がはじめられるようになった。
日本の金価格は、主要地金(じがね)業者により、1g当たりで価格が新聞に公示される。ほかに、金地金ディーリング(ロコ・東京取引)が市場として急成長をとげている。これは、大手地金業者、鉱山、商社を取引メンバーとする現物取引の市場である。
元素記号Au。原子番号79。原子量196.966569。周期表(→ 周期律)の11族に属する。モース硬度2.5。地殻中の存在量は0.004ppm。融点1064°C。沸点2808°C。密度19.32g/cm³。