金(鉱物)
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金(鉱物)
VI. 生産の歴史

金の生産は、紀元前のエトルリア文明、ミノス文明、アッシリア文明、エジプト文明において、すでにはじまっていた。当時は河床や沿岸などに堆積した砂金を、皿や鉢などの容器ですくって流水中でゆする、揺り皿法などの単純な手段でとりだしていた。インド、スキタイ、エーゲなどの古代文明でも、砂金の採取がおこなわれていた。現在では、古来の砂金産出地のほとんどで、砂金は採取されつくしている。

時代をへて採鉱技術が進歩すると、鉱脈中の金採掘がはじまった。紀元前にすでに採鉱技術は発達しており、古代ローマ帝国は、スペインの金山から産出する金を多量に獲得し、帝国の財源とした。しかし、膨大な量の金貨を交易の代価として流出させている。中世ヨーロッパでは、おもにドイツ、オーストリア、スペインの鉱山で金が採掘されたが、技術的な進歩は少なく、生産はふるわなかった。

コロンブスがアメリカ大陸に到達した1492年当時、ヨーロッパ大陸に保有されていた金の総量は、20tにもみたなかったと推定されている。しかし、スペイン帝国による南米の植民地化がすすむと、ヨーロッパに流入する金の量は飛躍的に増大した。南米では1600年にいたるまで、全世界の金の約35%を生産したが、この数字には鉱山からの金採掘のほか、先住民から奪取した金製品もふくまれている。つづく17、18世紀も、中南米は金産出の世界的中心地域であり、全世界の金の約60~80%を産出した。15世紀終わりから1850年にかけて全世界で産出された金の量は、総計でおよそ5000tにのぼると推定される。

1. ゴールドラッシュ

19世紀半ばには、北アメリカ大陸が金の主要な産地となった。北アメリカ大陸の金産出地はアパラチア山脈にそった東部地域と、ロッキー山脈から太平洋沿岸にかけての西部地域とにわかれている。

北アメリカ大陸西部の金産出地域は、北はアラスカから南はメキシコにいたる山脈地域にひろがっている。最初に金が発見されたのは1848年のカリフォルニアだが、この発見をきっかけにゴールドラッシュがはじまり、全世界から多くの人間がカリフォルニアに殺到した(フォーティ・ナイナーズ)。次の5年間には同州で、価格換算にして2億8500万ドル以上もの金が産出されたが、これはそれまでアメリカ合衆国の内陸部から産出された金の総量の21倍にあたる。

ゴールドラッシュによる人口集中で、それまで西部の僻地(へきち)にすぎなかったカリフォルニアは、政治的、経済的に大きな発展をとげた。やがてゴールドラッシュは未開発の西部山岳地帯におよび、ネバダ、オレゴン、ワシントンなど西部の各州で金が発見され、金鉱開発をきっかけに西部の経済活動は活発化した。ゴールドラッシュによる西部への人口移動は鉄道の発達をうながし、アメリカ西部の開発は大きくすすんだ。

1851年には、南半球のオーストラリアでも、ビクトリア州で金が発見されると、ゴールドラッシュがはじまり、オーストラリアの発展に大きな影響をおよぼした(メルボルン:シドニー)。

アラスカではじめて金が発見されたのは1880年だが、99年にノーム、1902年にフェアバンクスで金鉱が発見されると、本格的なゴールドラッシュが到来した。以後、アラスカは急速に発展し、1912年には準州として自治がみとめられた。

カナダでは、1896年、ユーコン川の支流クロンダイク川河口の町ドーソンで金が発見され、ゴールドラッシュがおこっている。

2. 南アフリカ共和国

1884年には南アフリカ共和国のウィトウォーターズランドで金鉱が発見され、86年に採掘がはじまると、ゴールドラッシュがおこった。この地域は当時、オランダ系入植者のボーア人が統治していたが、金鉱の発見によってイギリスとの間にボーア戦争がおこり、1902年以降は戦勝国イギリスの統治下にはいった(トランスバール諸州:セシル・ローズ)。現在、金産出国の第1位は南アフリカ共和国で、年間600t以上の金を産出する。これは全世界の金産出量の約半分に相当する。

全世界の金産出量のうち約80%は、南アフリカ、アメリカ合衆国、旧ソ連、オーストラリア、カナダ、中国、ブラジルで産出したものだが、そのほか約60カ国で、金の商業生産がおこなわれている。