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ゴルフ
I. プロローグ

クラブとよばれる道具で小さなボールを打ち、所定の穴に順々にいれながらコースをまわる屋外ゲーム。基本的には個人競技で、できるだけ少ない打数でコースをまわることをめざす。

II. ゴルフコース

コースとはプレーがゆるされている地域をいう。打ち出し点からボールをいれる穴までを1区画(ホール)とし、18ホールを1単位として構成する。18ホールをプレーすることを1ラウンドという。各ホールには番号がついており、1~9番をアウト、10~18番をインとよぶ。1つのホールは次の4つでなりたっている。

(1)ティ・グラウンド=各ホールのスタートの場所。(2)スルー・ザ・グリーン=コースの中でティ・グラウンドとグリーン、そしてすべてのハザードをのぞいた区域。芝生をきれいにかりこんだフェアウェーとその両側の草などを自然のままのばしたラフで構成される。(3)ハザード=コースの難易度を高めるためにつくられた一種の障害で、バンカー、ウォーター・ハザードが該当する。バンカーとは芝や土をとりさり、代わりに砂をいれて整地した区域、ウォーター・ハザードは、海、湖、池、川、溝などをいう。(4)グリーン=ボールをいれる穴(ホール。カップともいう)がある場所で、パッティングするためにとくに整備された区域。ホールにはその位置をしめすため旗竿(はたざお:フラッグ)がたてられている。

プレーが禁止されている区域をOB(アウト・オブ・バウンズout of bounds)といい、白杭(しろくい)でしめされる。ボール全体がOBライン(隣接する白杭と白杭のコース側をむすんだ線)をこえていればOBと判定され、プレーヤーは2打のペナルティ(罰打)を課されて打ち直しとなる。球が一部でも線にかかっていれば、そのままプレー続行となる。

各ホールはその距離により次の3つのタイプにわかれており、それぞれに基準打数(パー)がきめられている。グリーン上は2打の計算となっている。(1)ショート・ホール:パー3=男子250ヤード(229m)以下、女子210ヤード(192m)以下。(2)ミドル・ホール:パー4=男子251~470ヤード(230~430m)、女子211~400ヤード(193~366m)。(3)ロング・ホール:パー5=男子471ヤード(431m)以上、女子401~575ヤード(367~526m)。女子の576ヤード以上はパー6となる。

18ホールは通常ショート・ホール4、ミドル・ホール10、ロング・ホール4の割合で構成され、パーの合計が72となるよう配分されている。各ホールを基準打数でおわれば「パー」でプレーしたというが、パーより1打少ないときはバーディ、2打少ないときはイーグル、3打少ないときはアルバトロス(ダブル・イーグル)の名でよび、第1打がそのままホールに入れば、ホール・イン・ワン、あるいはエースという。一方、パーより1打多くうったときはボギー、2打多いときはダブル・ボギー、3打多いときはトリプル・ボギーとよんでいる。

III. 用具

ゴルフクラブは、ヘッドの材質によってウッドとアイアンにわけられるほか、グリーン上でつかうパターがある。ウッドはかつてはすべて木製だったが、最近はメタルやカーボンなど複合材料のものも登場したので、ウッドクラブ型のものを総称してウッドとよんでいる。ウッドの1番から順にドライバー、ブラッシー、スプーン、バフィー、クリークの愛称がついている。アイアンは、1番から9番までと至近距離用のピッチング・ウェッジ、主としてバンカーでつかうサンド・ウェッジなどがある。番号が大きくなるにしたがってロフト(クラブ・フェースの角度)が大きくなり、球が高くあがって落下後もとまりやすい。使用クラブは14本以内の制限があるが、クラブの選択は各人の自由である。ボールの重さは1.62オンス(45.93g)以下、直径は1.68インチ(4.267cm)以上。かつては1.62インチ(4.115cm)のスモール・ボールもつかわれていたが、規則改正で1990年から禁止となった。

IV. 競技の種類

基本的にはストローク・プレーとマッチ・プレーの2種類にわかれ、前者はきめられたラウンド内でその合計打数のいちばん少ないプレーヤーを優勝とする。後者は1対1で各ホールごとに勝負し、勝ちホールの多いほうが勝者となる。古くはマッチ・プレーが主流で、その出場選手をしぼるための予選をストローク・プレーでやっていたが、最近はテレビ中継などの関係でほとんどがストローク・プレーとなった。ストローク・プレーで1位が複数人の場合、プレーオフ(延長戦)で優勝者をきめる。翌日18ホールをあらためておこなう場合もあるが、最近は、1ホールごとのスコアで勝負をきめるサドン・デス方式が一般的である。

ほかに、マッチ・プレーの一種として、2人対2人で各組が1つのボールを交互に打つツーボール・フォアサムや、同じく2人対2人ながら、各人がそれぞれのボールを打ち、2人のうちの少ないほうの打数でチームの勝敗をきめるフォアボール・マッチなどもある。

V. ゴルフ用語

ゴルフはきめられた穴にボールをいれるだけの単純なゲームだが、専門用語のひじょうに多いスポーツでもある。テレビなどで観戦する場合もある程度の知識があったほうがゲームをたのしむことができる。たとえば、クラブにはドライバーからピッチング・ウェッジ、サンド・ウェッジまでさまざまな種類があるほか、クラブの各部にも名前がついている。グリップ(握りの部分)やシャフト(柄の部分)、ヘッド(先端)などは一般的だが、専門的で、かつゲーム中に頻繁に耳にする言葉もある。表「ゴルフ用語」参照。

VI. 歴史

起源については次の3つの説があるが、どれも確実な根拠があるとはいえない。(1)長い棒で氷上のボールを打つオランダのヘトコルフェンという競技が変化したという説。(2)スコットランドで牧童たちが先のまがった木の枝で小石をとばしてあそんだのが始まりとする説。(3)ベルギーあるいはフランス北部のコールという球技が変化したものとする説。しかし、現在おこなわれているゴルフの原型は、15世紀半ばのスコットランドではじまったとみられている。1457年、弓術訓練を放棄してプレーに興じる熱狂ぶりに、スコットランド議会がゴルフ禁止令を出したとの記録がのこっている。とくに王室にはゴルフ愛好家が多く、やがてイングランドにもつたわった。

1744年、スコットランドの首都エディンバラにゴルフクラブが誕生、ここで13カ条のルールがきめられ、はじめて競技がおこなわれた。本格的なクラブとしては54年に創立されたセントアンドリューズ・ゴルフクラブがあげられる。同クラブは1834年、イギリス国王ウィリアム4世によって、ロイヤル・アンド・エンシェント・ゴルフクラブ(R&A)の名称とともにイギリス全土のクラブ組織を統括する権限もあたえられた。現在、R&Aは世界のゴルフの総本山ともいうべき存在で、全米ゴルフ協会(USGA)と協議のうえ4年ごとにルールをみなおすなど、ルールに関するあらゆる権限をもっている。

こうして組織が整備されて各地で競技会が開かれるようになり、1860年には世界最古の歴史をほこる全英オープンThe Openがはじまった。

イギリスで発達したゴルフはやがてアメリカへ移入され、1888年、アメリカ最初のゴルフクラブ、セントアンドリューズ・ゴルフクラブがニューヨーク州ヨンカーズにつくられた。94年には、ここで初のオープン競技がおこなわれ、アメリカ・ゴルフ協会も設立される。そして翌95年には、同協会主催の第1回全米オープン選手権が開催される。その後、1916年にはアメリカ・プロゴルフ協会(USPGA)が設立されて第1回全米プロ選手権が開催されるなど、アメリカのゴルフは本場イギリスをしのぐ勢いで発展していった。初期のアメリカ・ゴルフ界の頂点にたったのがボビー・ジョーンズである。30年に全英アマチュア、全英オープン、全米オープン、全米アマチュアの順に優勝、終生アマチュアではあったが、前人未到の年間グランドスラムを達成し、ゴルフ人気をいやがうえにも高めた。

第2次世界大戦後もアメリカを中心にゴルフ人気は高まりつづけた。とくに1950年代後半の、アメリカのアーノルド・パーマーの活躍は、テレビ中継が開始されたばかりの時期で抜群の人気をあつめた。さらにそこへ南アフリカのゲーリー・プレーヤー、アメリカのジャック・ニクラウスがくわわって「世界のビッグ3」時代が到来し、ゴルフの大衆化がすすんだ。以後、4つのメジャー・トーナメントを軸とするアメリカ・ツアー、ヨーロッパ・ツアーなどに世界じゅうのゴルファーが参加し、プロゴルフの世界は大きな広がりをみせている。

ゴルフへの女子の参加は19世紀末ごろにはじまり、1893年にはイギリスで女子のゴルフ連盟が設立されている。しかし本格的に浸透しはじめたのは第2次世界大戦以後のこと。1946年に全米女子オープン選手権がスタートすると、女子ゴルフでも本格的なトーナメント・ツアーがくまれるようになり、現在では男子におとらない人気がある。

VII. メジャー・トーナメント

世界の男子プロゴルフ界では、以下の4つの大会をメジャー・トーナメントとよんでいる。

(1)全英オープン・ゴルフ選手権=1860年創設の世界最古のオープン競技。
(2)全米オープン・ゴルフ選手権=1895年創設。
(3)全米プロゴルフ選手権=1916年創設。アマチュアに参加資格がない唯一のメジャー・トーナメント。当初マッチ・プレーだったが、58年からストローク・プレーとなる。
(4)マスターズ・トーナメント=1934年、ボビー・ジョーンズが創設。当初は彼が仲間を招待する大会だったが、出場者の顔ぶれから、やがて「マスターズ(名手たち)」とよばれるようになった。この大会だけが毎年同じコース、アメリカ、ジョージア州のオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブでおこなわれる。

4大会全部にかつことを「グランドスラム」達成と称しているが、同一年内に達成した選手はまだいない。何年かかけて達成したプレーヤーに、ジーン・サラゼン、ベン・ホーガン、ジャック・ニクラウス(以上アメリカ)、ゲーリー・プレーヤー、それに2000年に24歳で最年少グランドスラマーの記録をつくったタイガー・ウッズの5人がいる。

一方、女子のメジャー・トーナメントは、古い歴史をもつ全米女子プロゴルフ選手権と全米女子オープンの2大会以外はたびたび変更されているが、2005年現在の4大大会は以下のとおり。

(1)ナビスコ選手権=ダイナ・ショア選手権として創設、1983年よりメジャー・トーナメントに昇格。
(2)全米女子プロゴルフ(LPGA)選手権=1955年以来毎年6月上旬に開催。
(3)全米女子オープン選手権=1946年創設のもっとも歴史ある大会。
(4)全英女子オープン選手権=1994年創設、2001年よりメジャー・トーナメントに昇格。

女子のグランドスラマーは、ルイーズ・サッグス、ミッキー・ライト、パット・ブラッドリー、ジュリ・インクスター、カリー・ウェブ、アニカ・ソレンスタムの計6人。ただし前述のようにメジャー・トーナメントとされる大会はたびたび変更されているため、それぞれが制した4つの大会の種類はことなっている。

VIII. 日本のゴルフ

1901年(明治34)、神戸にすむイギリス人貿易商アーサー・グルームが、六甲山上に4ホールのゴルフ場をつくったのが始まりで、03年日本初の「神戸ゴルフ倶楽部」がオープンした。そして07年には、第1回日本アマチュアゴルフ選手権がはじまったが、当初の参加者はイギリス人ばかりだった。14年(大正3)にはじめて、日本人を会員とする「東京ゴルフ倶楽部」が東京・駒沢村にできた。日本アマチュアゴルフ選手権で日本人が優勝するのは、18年の第12回大会が最初である。

その後、1924年に設立された日本ゴルフ協会(JGA)が、プロゴルファーの育成につとめ、27年(昭和2)に第1回日本オープン・ゴルフ選手権が開催された。やがて、川奈、霞ヶ関、相模、我孫子(あびこ)、那須などのゴルフコースが誕生したが、第2次世界大戦でその機能をうしなった。戦後、しばらく米軍によって接収されていたコースも徐々に返還され、57年霞ヶ関カンツリー倶楽部で開いた第5回カナダカップ(現在のワールドカップ)では中村寅吉、小野光一が団体優勝、個人も中村が優勝してゴルフ人気が一挙に高まり、第1次ゴルフブームをむかえた。この年に日本プロゴルフ協会(JPGA)も設立されている。

第2次ゴルフブームは、1970年代の尾崎将司、青木功時代の到来からはじまった。高度経済成長にともない、日本各地に次々とゴルフコースが建設され、一般のビジネスマンがプレーするようになる。プロ野球から転身した尾崎のパワーあふれるプレーや、青木の絶妙な小技などが注目され、テレビ中継とあいまってブームに拍車をかけた。やがてこれに中島常幸がくわわり、日本の男子ゴルフ界はAONを中心に展開した。現在では丸山茂樹や片山晋呉(しんご)らの活躍がめだつ。一方女子は、68年に第1回日本女子プロゴルフ選手権が開催される。草創期をささえたのが樋口久子で、日本女子プロ7連勝をはたし、77年には全米女子プロゴルフ選手権にも優勝した。その後、岡本綾子、小林浩美、福島晃子らが樋口につづき海外へ進出。現在は不動裕理ら中堅選手や宮里藍(あい)、横峯(よこみね)さくらなどの若手選手の活躍が注目をあつめている。