ゴルフ
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VIII. 日本のゴルフ

1901年(明治34)、神戸にすむイギリス人貿易商アーサー・グルームが、六甲山上に4ホールのゴルフ場をつくったのが始まりで、03年日本初の「神戸ゴルフ倶楽部」がオープンした。そして07年には、第1回日本アマチュアゴルフ選手権がはじまったが、当初の参加者はイギリス人ばかりだった。14年(大正3)にはじめて、日本人を会員とする「東京ゴルフ倶楽部」が東京・駒沢村にできた。日本アマチュアゴルフ選手権で日本人が優勝するのは、18年の第12回大会が最初である。

その後、1924年に設立された日本ゴルフ協会(JGA)が、プロゴルファーの育成につとめ、27年(昭和2)に第1回日本オープン・ゴルフ選手権が開催された。やがて、川奈、霞ヶ関、相模、我孫子(あびこ)、那須などのゴルフコースが誕生したが、第2次世界大戦でその機能をうしなった。戦後、しばらく米軍によって接収されていたコースも徐々に返還され、57年霞ヶ関カンツリー倶楽部で開いた第5回カナダカップ(現在のワールドカップ)では中村寅吉、小野光一が団体優勝、個人も中村が優勝してゴルフ人気が一挙に高まり、第1次ゴルフブームをむかえた。この年に日本プロゴルフ協会(JPGA)も設立されている。

第2次ゴルフブームは、1970年代の尾崎将司、青木功時代の到来からはじまった。高度経済成長にともない、日本各地に次々とゴルフコースが建設され、一般のビジネスマンがプレーするようになる。プロ野球から転身した尾崎のパワーあふれるプレーや、青木の絶妙な小技などが注目され、テレビ中継とあいまってブームに拍車をかけた。やがてこれに中島常幸がくわわり、日本の男子ゴルフ界はAONを中心に展開した。現在では丸山茂樹や片山晋呉(しんご)らの活躍がめだつ。一方女子は、68年に第1回日本女子プロゴルフ選手権が開催される。草創期をささえたのが樋口久子で、日本女子プロ7連勝をはたし、77年には全米女子プロゴルフ選手権にも優勝した。その後、岡本綾子、小林浩美、福島晃子らが樋口につづき海外へ進出。現在は不動裕理ら中堅選手や宮里藍(あい)、横峯(よこみね)さくらなどの若手選手の活躍が注目をあつめている。