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| II. | オランダ東インド会社 |
1602年、オランダ連邦議会の決議により、多数の会社が統合されて連合東インド会社(Vereenighde Oost Indische Compagnie)が成立した。これは世界最初の株式会社形態で、社名の略称VOCを記号化した社章が、今日にのこるさまざまな製品に刻印されている。
1619年、東インドのオランダ植民地帝国の創設者とされるクーンが、ジャワにバタビア(現ジャカルタ)をきずいて、東インド会社の本拠地とし、23年にはアンボン事件によってマルク諸島からイギリスを撤退させた。オランダの影響力と活動はマレー半島全域から、中国、日本、インド、イラン、喜望峰にまでおよんだ。そして、1640年までにはスペインと連合王国を構成していたポルトガルから、東インドにおける領土をすべて奪取し、おもにインドネシアを拠点にして、マレー半島・スリランカ・日本で、ポルトガルにかわる勢力となった。この間に、マレー半島およびマルク諸島からイギリス勢をおいだすことにも成功し、52年には、喜望峰に南アフリカで最初のヨーロッパ植民地であるケープ植民地をきずいた。
最盛期の1669年には、戦艦40隻、商船150隻、兵士1万人を擁し、02~96年まで、同社がしはらった年間配当はおおむね20%以上で、ときには50%をこえることもあった。同社の特許は、政府への高額の金銭譲渡の見返りに20年ごとに更新された。18世紀にはいると、内部の混乱、イギリスとフランスの勢力拡大、現地住民の反発などのため衰退にむかい、1780年にイギリスの攻撃をうけたころにはもはや抵抗する力ものこっておらず、95年本国にフランスの支援をうけたバタビア共和国が成立すると、98年にオランダ東インド会社は正式に解散となった。