米英戦争
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米英戦争
II. 戦争の原因

フランス革命期とナポレオン時代の英仏の戦争(1793~1814)中、両国は中立国の海上貿易を侵害した。自国生産物の輸出に力をいれていたアメリカは、とくに大きな打撃をうけた。またイギリス海軍は海軍力を維持するため、公海上のアメリカ船から、アメリカに帰化したイギリス出身者をふくむ大勢の船員を強制徴募した。

さらにイギリスは、勅令を発してナポレオン帝国の海岸線を封鎖し、イギリスの港にたちよらず直接ヨーロッパにむかう船舶を拿捕(だほ)させた。ナポレオンはその報復として、ベルリン勅令とミラノ勅令をだして同様の封鎖をさせ、イギリスに寄港してヨーロッパの港にはいる船舶や積荷を没収させた。1803~12年に、両国は約1500隻のアメリカ船を拿捕し、アメリカは中立国としての権利をまもるために戦争をはじめるべきか悩んだ。

アメリカは最初、戦争ではなく経済制裁で英仏に対抗しようとした。1809年、通商禁止法が制定され、英仏との貿易が禁止された。翌年、メーコン法第2号によって英仏との貿易は再開されたが、英仏の一方が中立国の権利を害する法律を撤回すれば、アメリカはもう一方との通商を禁止するという条件をつけた。10年11月、マディソン大統領はイギリスとの貿易をふたたび禁じ、貿易再開の条件として、枢密院令の撤回をイギリス内閣に要求した。イギリスがこの要求を拒否すると、11年11月、マディソンは議会を召集して戦争の準備をはじめ、数カ月もの議論のすえ12年6月イギリスに宣戦布告した。