| 米英戦争 | 項目ビュー | ||||
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| III. | 戦局の推移 |
アメリカ軍はデトロイト・モントリオール間からカナダに侵攻する作戦だったが、部隊のまとまりや指導力をかいており、アメリカ先住民の大同団結をさけぶショーニー族のテカムセ首長と連合したイギリス軍にくるしめられた。1813年9月、エリー湖でオリバー・ペリーがイギリス艦隊を壊滅させ、つづくテムズ川の戦(10月)ではアメリカ先住民とイギリスの連合軍をやぶる。いっぽう、アメリカのカナダ侵略は失敗するなど戦局は一進一退をくりかえした。このころ、クリーク族との戦いもはじまり、戦争は南東部のフロンティアまで広がった。13年にはイギリス海軍は東海岸の相当な部分を封鎖しており、アメリカの貿易は壊滅状態におちいった。
1814年にはいるころにはアメリカ軍は力をもりかえし、ホースシュー・ベンドの戦(3月)でジャクソンがクリーク族をやぶり、ランディーズレーンで対等にたたかう(7月)など指導力も向上してきた。しかし、ヨーロッパでナポレオンをやぶったイギリスは、多くの兵員を北アメリカにおくりこむことが可能になった。陸上ではイギリスとアメリカ先住民の連合軍が侵攻をくりかえし、8月にイギリス軍が首都ワシントンをやきはらい、メーン州北東部を占領し、9月にはシャンプレーン湖でアメリカ海軍が勝利をおさめている。