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| VII. | ニュートンの理論 |
科学的な視点にたつと、コペルニクスの理論は、プトレマイオスが考えた惑星の軌道を配置しなおしたにすぎなかった。一定の速度で円をえがいてまわっている、という惑星の運動に関する古代ギリシャの理論は、コペルニクス体系の中でも維持されていたのである。デンマークの天文学者ティコ・ブラーエは、1576年から97年まで、太陽、月、惑星を、コペンハーゲン近くの彼の島の天文台で観測した。ブラーエのデータをもとにして、ドイツ人助手のヨハネス・ケプラーは惑星の運動の法則を公式化した。それは、惑星は太陽の周りをまわっているが、一定の速度で円軌道をまわっているのではなく、変化する速度で楕円軌道をまわっており、惑星の太陽からの相対的な距離は、観測される公転周期から決定できる、というものである。
イギリスの物理学者アイザック・ニュートンは、惑星の運動に関するケプラーの法則を説明するのに、数学的な推論から、太陽とそれぞれの惑星の間には引力が存在している、と論じた。ニュートンの数学的発見は、万有引力の法則とよばれている。→ 重力