| ルイ14世 | 項目ビュー | ||||
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| II. | 幼い国王 |
サンジェルマンアンレーの王宮で、ルイ13世とスペイン国王フェリペ3世の娘、アンヌ・ドートリッシュとの間に生まれた。両親の結婚後23年目にできた子であった。その5年後に父王が死亡し、ルイは王位についたが、幼少のため、王国の政治は摂政となった母アンヌ・ドートリッシュがにない、宰相マザランが補佐した。
幼年期に、のちの人生に大きな影響をもったフロンドの乱に遭遇した。1648~49年、50~53年に2次にわたって全国にひろがったこの内乱で、ルイとマザランは一時パリをのがれなければならなかった。ルイにとって、内乱を主導した貴族の勢力を弱めることは生涯の課題となり、また、内乱を思いださせるパリにすむことをきらい、のちのベルサイユへの宮廷移転の動機ともなった。
ルイは13歳になった1651年、成人の宣言をおこなったが、政治指導はマザランにゆだねられたままだった。マザランはフロンドの乱を終結させたのち、地方監察官を全国に派遣して常時滞在させるようになり、地方支配の実権を各地の名門貴族の手からうばう措置をとった。また、三十年戦争終結後もつづいていたスペインとの抗争は、59年にフランスの優勢のうちに決着し、フランスの北部と南部でハプスブルク家の領地を獲得するとともに、ルイとスペイン王フェリペ4世の娘マリア・テレサとの結婚をとりきめた。婚儀は60年にとりおこなわれ、二人の間には6人の子供が生まれた。