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| II. | ガリアの部族 |
ローマ人は、ガリアを2つの地域にわけて考えていた。ガリア・キサルピナ(現イタリア北部)とガリア・トランサルピナである。前者はローマからみて「アルプスのこちら側のガリア」を意味し、後者は「アルプスのむこう側のガリア」である。
カエサルは、「ガリア戦記」の中で、ガリア・トランサルピナについてくわしくのべている。彼は多くの部族がすむこの地方を、地域的にわかれている3住民集団、すなわちベルガエ人、アクイタニア人、そしてケルタエと自称していたガリア人の定住する3州にわけた。ベルガエ人は北部に定住し、南の境界はセクアナ(現セーヌ)川とマトロナ(現マルヌ)川にあたる。アクイタニア人は南部のガルムナ(現ガロンヌ)川とピレネー山脈の間にすみついていた。ガリア人は、これら2つの州の中間の地域に定住していた。
カエサルによれば、これらの3州は言語・習慣・法律を異にしていた。彼の報告は、ガリア地方のすべての部族について記しているわけではないが、おおよそ正しい。しかし、アクイタニア人が、言語の面では共通性の多いベルガエ人とガリア人とは民族学的にまったくことなることには気づかなかった。ベルガエ人とガリア人は、長身で金髪・色白、集団行動をこのみ、大軍をなして戦闘にはいる習性をもつが、アクイタニア人は対照的に、色黒で孤立しており、小軍団でたたかうことをこのんだ。