| NATO(北大西洋条約機構) | 項目ビュー | ||||
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| II. | 背景 |
このような安全保障機構が創設された背景として、第2次世界大戦後に西ヨーロッパ諸国がソビエト連邦(ソ連)を平和と安全保障にとっての脅威であると認識したことがあげられる。ソ連が東ヨーロッパ諸国を嵐(あらし)のような勢いでナチス・ドイツの支配から「解放」し、それらの国々で共産主義政権が樹立されたことに、アメリカとイギリスを中心とする自由主義諸国は強い脅威をおぼえた。
1947年、アメリカは、共産主義の拡大に対抗する外交政策(トルーマン・ドクトリン)をうちだし、つづいて、ヨーロッパの経済復興を支援するマーシャル・プランを発表した。これに対してソ連はコミンフォルム(共産党・労働者党情報局)を創設し、東欧諸国との結束を強めた。48年3月、イギリス、フランスと、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクのベネルクス三国がブリュッセル条約を締結し、安全保障機構設立の基礎がきずかれる。その後、ソ連のベルリン封鎖によって東西の緊張が高まり、49年4月、ブリュッセル条約締結国を中心とするヨーロッパの10カ国と、アメリカ、カナダがワシントンで北大西洋条約に調印(同年8月発効)、ここに北大西洋条約機構(NATO)がきずかれたのである。
1949年のNATO創設に対抗して、55年にはソ連を中心とする東欧諸国によってワルシャワ条約機構(WTO)がつくられた。NATOとWTOは、ともにヨーロッパの冷戦が生みだした軍事同盟であった。