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アメリカ先住民の諸言語
I. プロローグ

北アメリカ、中央アメリカ、南アメリカの先住諸民族の言語。その正確な数はわからないが、概算では、メキシコ以北の地域で、約200の言語がまだ話されており、ヨーロッパ人との最初の接触のころには、300から400以上の言語が話されていたようである。中央アメリカでは、約350の言語が知られている。南アメリカは、言語学的にもっとも調査がおくれているが、今日約450の言語がもちいられている。

これらの言語の過去および現在の話し手の数については、おおよそのことしかわからないが、ヨーロッパ人が15~16世紀に南北アメリカに到来したとき、北アメリカには約150万人(現在約20万人)、中央アメリカには約500万人(現在約600万人)、南アメリカには1000万~2000万人(現在約1100万~1200万人)の話し手がいたと考えられている。

II. 主要言語

現在北アメリカ地域で話し手の多い言語は、ナバホ語(約8万人)(ナバホ)、オジブワ語(約4万人)(オジブワ)、イヌピアック語別名イヌイット語(6万人以上)である。イヌピアック語のグリーンランド地方語が、イヌイットの民族語となっている。中央アメリカでは、ナワトル語(アステカ語)(アステカ)に100万人以上、種々のマヤ諸語(マヤ)に約200万人の話し手がいる。南アメリカでは、ケチュア語(ケチュア)が約900万人以上の話し手をもち、今日すべての先住民語の中でもっとも広くつかわれている言語である。グアラニー語は、先住民諸語の中で唯一、国家語、文章語となった言語で、多数の非先住民によっても話され、その340万人の話し手のうちヨーロッパ系パラグアイ人が大きな比率を占めている。アンデス高原では、アイマラ語(アイマラ)が約200万人、チリではアラウカノ語(アラウカノ)が約20万人の話し手をそれぞれもつ。

III. 言語的借用関係

先住民語と植民地のヨーロッパ語とは、たがいに単語を借用しあった。先住民語は、オランダ語(アンティル諸島で)、英語、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語(アラスカで)、フランス語(カナダとルイジアナで)などから単語を借用し、反対に、多くのヨーロッパ語が先住民語から地名や動植物名をとりいれた。

たとえば、アレウト語から「アラスカ」、モヒガン語(アルゴンキン語族)(モヒガン)から「コネティカット」(「長い川」の意)、ダコタ語(またはスー語)から「ミネソタ」(「にごった水」の意)、ナワトル語から「メキシコ」「トマト」「チョコレート」など、アラワク語族(アラワク)のタイノ語から「タバコ」「ポテト」などの借用語がある。ラテンアメリカでは、スペイン語が、とりわけケチュア語、グアラニー語、ナワトル語に影響をあたえ、またそれらから影響をうけた。

IV. 分類

先住民諸語についての言語学的作業の主要目的は、親族関係にもとづく分類であるが、資料が膨大なことと次々に言語が消滅していくため、ひじょうに困難な仕事である。1891年にジョン・パウエルが、表面的な類似にもとづいて北アメリカ地域に55の語族をたて、同じころ、ダニエル・ブリントンは南アメリカについて80の語族をみとめた。これらの分類を基礎に、1929年エドワード・サピアが、北アメリカの6つの大語族、中央アメリカの15の大語族を提案した。最近では、ジョゼフ・グリーンバーグなどが、先住民諸語は、エスキモー・アレウト、ナデネ、アメリンドの3つの語族に分類できるとの提案をしている。

V. 言語的特徴
1. 音声

先住民諸語はその音組織において非常な多様性をしめす。

1.A. 子音

特徴的な音をいくつか例示する。口腔内での調音と同時に声門が閉じられる喉頭化音が、北米のアサバスカ諸語、スー諸語(スー)、中米のマヤ語、南米のケチュア語、アイマラ語などにみられる。英語のkやgよりさらに奥で発音される口蓋垂(こうがいすい)音(アラビア語やヘブライ語にもある)が、北米のエスキモー・アレウト語族、中米のマヤ語、南米のケチュア語、アイマラ語などにある。ささやくように発音するm、n、w、yに似た無声の鼻音や半母音があり、北米の東ポモ語やイロコイ諸語(イロコイ諸族)、中米のナワトル語、南米のトバ語にみられる。ささやきのl(エル)に似た無声のl(エル)が北米のユピック・エスキモー語、アサバスカ諸語、中米のテキストラテック語、南米のアラウカノ語などにある。強い帯気音で発音するtlに似た側面破擦音は北米のアサバスカ諸語、中米のナワトル語などにある。

1.B. 母音

無声母音が北米のズニ語(ズニ)、ホピ語(ホピ)、中米のトトナク語、南米のチクナ語などにあり、フランス語のbonのような鼻母音が北米のアサバスカ諸語、東アルゴンキン語、中米のオト・マンゲ語、南米の諸語にみられる。

1.C. 音調アクセント

音の高低や変動で語を区別するアクセントが、北米ではアサバスカ諸語、チェロキー語(チェロキー)、アラパホ語、中米のユカテク語、南米のトゥカノ語、パノ諸語などにみられる。

2. 文法
2.A. 語順

先住民諸語の基本語順には、次のような型がみられる。「主語—動詞—目的語」型は、中米のトトナク語、タラスカ語にあり、「主語—目的語—動詞」型は、中米のサポテク語、南米のパノ諸語などに、また、「動詞—主語—目的語」型はグアラニー語、「動詞—目的語—主語」型は中米のキチェー・マヤ語、「目的語—主語—動詞」型は北米のハイダ語に、それぞれみられる。言語学の「現代比較言語学」

2.B. 文法的区別

北米のエスキモー語、ネズ・パース語、中米・南米のユト・アズテク諸語などは、ロシア語やラテン語同様、名詞に格変化がある。

単数や複数とことなる双数形(2つのものをあらわす)をもつ言語に、北米のイヌイット語、アサバスカ諸語、スー諸語、南米のアラウカノ語などがある。

ケチュア語や、北米平原のショショニ語、イロコイ諸語などは、「われわれ」という場合に聞き手をふくむかふくまないかで2つのことなる形をもつ。

北米のメノミニー語、オジブワ語、中米のナワトル語、南米のアウカ語などには、日本語の「1枚」「2本」「3冊」などのように物をかぞえる際にもちいる類別詞がある。品詞の「助数詞」

英語のbabysit「子守をする」のように、行為の対象となる名詞を動詞の中にくみいれる名詞抱合形が北アサバスカ諸語、ツィムシャン語、ナワトル語、マヤ語などにみられる。

動詞において、時制よりもアスペクト(事象の持続、反復、完了などをしめす)の区別が重要なツィムシャン語、アサバスカ諸語、イロコイ諸語などがある。

3. 社会文化的特徴

北米のヤナ語、マスコギ諸語、南米のタカナ語などでは、男性と女性のつかう言葉がはっきり区別されている。また、儀式用の特別な言葉がズニ語、イロコイ諸語、ナワトル語、ケチュア語などにみられる。多言語地域では、単純化した交易混合語ピジン(クレオール)が発達した。北米のチヌーク混合語、デラウェア混合語などがそうである。テキサスの近くのメキシコのキカプー語や中米のナワトル語の方言など、いくつかの言語で口笛言語が発達している。これは求愛のためにつかわれ、口笛のメロディがその言語の音調に対応しているものである。

4. 文字

ケチュア語の話し手であるインカ族は、キープ(結び目をつけた縄で、数計算にもちいられるもの)を情報記録の手段にもちいていた。また、布地に図像をおりこんだりして一種の伝達手段としたが、これらは真の文字とはいえなかった。北米では、おもにヨーロッパの文字の影響から、興味深い書記法を発達させた集団もある。チェロキー族、ミクマク族、クリー族、イヌイットなどの音節文字がその例である。

ヨーロッパ人による征服以前の真の文字体系としては、中米のアステカ族、マヤ族などがもちいた神聖文字だけしかない。これは、1つの記号が1単語全体をあらわす記号文字で、ある語をあらわす記号がその語と発音が同じ別の語をもあらわす方法もくわわっていた(英語でいえば、目をあらわす絵がeyeとI(アイ)の両方をあらわすやり方)。

アメリカ先住民諸語の研究から、言語理論、言語変化、両アメリカ大陸の先史、および思考様式や言語と文化の関係などについて多くの洞察がえられている。これら諸語の多くは現在消滅の危機にあり、その研究と記録は緊急の課題である。