スキー
印刷するには、[ファイル] メニューの [印刷] をクリックします。
スキー
VI. スキーの歴史

雪上を移動するためになんらかの器具をつかうことは、古代からおこなわれていた。ギリシャの歴史家によれば、皮革や靴などがこの目的につかわれていたという。古代ノルウェーの神話にも同じ話がある。現存の記録の中で最古のスキーは、スウェーデンとフィンランドの沼地でみつかったものだ。4000~5000年前のものと推定され、湾曲した長い板を動物の皮でおおってある。

1. ヨーロッパ

近代スポーツとしてのスキーは19世紀半ばにノルウェーではじまり、やがてスカンディナビアに広がっていった。1883年にノルウェースキー協会が結成され、92年に最初の国際スキー競技会がクリスティアニア(現、オスロ)近郊で開かれた。クロスカントリーとアルペンの競技は別々におこなわれたが、両者の総合で勝敗がきまった。80~90年代には、ヨーロッパの他の国々でもスキーの人気が高まった。ノルウェー人探検家ナンセンがしるした、88年のスキーによるグリーンランド横断記の影響が大きかったのである。

1893年にはスイスで最初のスキークラブが設立され、20世紀に入ると、アルプスにおけるスキー登山の黄金期がはじまった。スキーによる探査のおもなものは、この時期におこなわれ、アルプス全体の地勢が探検され、記録された。1890年にはドイツで最初のスキークラブが設立され、96年には同国でスキー競技会が開かれた。これよりおくれて98年にはフランスのシャモニーにスキーが定着し、以後、着実に人気を博すようになった。地形や雪質にめぐまれた中央ヨーロッパやロシアでも、急速に広まった。

第1次世界大戦は、スキーの発展に貢献した。特別スキー部隊の訓練や動員によって、スキーの技術が広まったからである。1924年、スウェーデンのストックホルムを本部として国際スキー連盟(FIS)が結成され、ノルディック・スキーはその年の第1回オリンピック冬季大会に採用された。

2. 競技会

じゅうぶんな観覧設備もない遠隔地でおこなわれるスキー競技も、テレビのおかげで、今日ではかなり多くの支持をえるようになった。1936年の冬季オリンピックにアルペン・スキーがくわえられるまでは、ノルディック・スキーが国際競技を支配していた。ワールドカップ大会(アルペン)がはじまったのは67年のことである。70~80年代にはクロスカントリー、ジャンプ、ノルディック複合、フリースタイル・スキーをふくむワールドカップが各地を転戦しておこなわれるようになった。オリンピック冬季大会のアルペン種目には、滑降、回転、大回転、スーパー大回転、回転と滑降をあわせた複合競技がある。フリースタイル種目にはエアリアル、モーグル競技、そしてノルディック種目としてはジャンプ(男子のみ)、ノルディック複合(男子のみ)、クロスカントリーがある。クロスカントリーには、男女とも個人種目とリレー種目がふくまれている。

3. 日本のスキー

日本へは1900年代の初期に札幌で学生向けに移入され、また新潟県高田(上越市)では、オーストリアの軍人、レルヒ少佐によって、軍隊教練としてもちこまれた。高田では、その後一般市民もまじって講習会が開かれ、スキーはレジャー、競技両面で急速に日本人に浸透していった。23年(大正12)には小樽で第1回全日本選手権が開かれ、28年(昭和3)には冬季オリンピックに初参加している。

日本選手で最初に活躍したのは1956年コルティナダンペッツォ・オリンピック回転2位の猪谷千春だが、日本は伝統的にアルペンよりジャンプのほうが得意。ジャンプは72年札幌オリンピック70m級で笠谷幸生が優勝、金銀銅を日本選手が独占するにおよんで日本の得意種目となった。80年の大会では八木弘和が銀、94年(平成6)の大会では団体で銀をとっている。最近では、このジャンプとクロスカントリーをくみあわせた複合競技に強さを発揮、荻原健司、河野孝典らの活躍で、92、94年のオリンピックで団体に2連勝した。98年の長野オリンピックでは、船木和喜がラージヒルで金メダルをとり、団体でも優勝するなどジャンプ陣が活躍。また、フリースタイルのモーグルでは里谷多英が98、2002年の2大会連続でメダルを獲得して、日本のスキー界に新風をふきこんだ。またレジャーとしてのスキーでは、ゲレンデ・スキーも依然として盛んだが、最近はクロスカントリー・スキーやスノーボードにも人気がある。