元(中国史)
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元(中国史)
II. 元の建国

モンゴル諸部族を統一したテムジンは、諸部族の有力者による合議の場であるクリルタイで大ハーン(君主)におされ即位した。ここにチンギス・ハーンが誕生、中国史では彼を元朝の太祖としている。チンギス・ハーンは強力な軍隊をひきいて次々と遠征をおこない、中央アジアから南ロシア、中国北辺にまたがるモンゴル帝国をきずきあげた。しかし、その東方には、定住生活をおくり、農業生産によって蓄積された富や高い文化をもつ金や南宋があり、チンギス・ハーンはこれを征服しようとしたが、その途上で病没した。

チンギスのあと、第3子のオゴタイが第2代の大ハーン位につき、カラコルムに首都をおいて、内政を整備し、駅伝制を制度化した。そして、父のはたせなかった金の征服をなしとげ、華北を支配下においた。ついで、1258年に第4代の大ハーン、モンケ・ハーンが中国方面の経営をまかされていた弟のフビライとともに南宋攻略を開始した。しかし、モンケが遠征中に病没したため、フビライが60年に大ハーンの位につき(在位1260~94)、大都(現、北京)を首都にさだめ、71年には国号を中国風に大元とさだめた。中国史ではこのフビライ・ハーンを元朝の世祖としている。79年には南宋をほろぼして中国全土を掌中におさめ、さらに朝鮮半島や東南アジア諸国へもせめこみ、高麗、アンナン(ベトナム)、ビルマなどを支配した。しかし、日本やジャワへの侵攻は失敗におわっている。