| 検索ビュー | イクナートン | 項目ビュー |
古代エジプト第18王朝の王。在位、前1350~前1334年。即位当初はアメンヘテプ4世と名のった。アメンヘテプ3世と皇后ティイの子。うつくしい胸像で有名なネフェルティティは、彼の妻だった。
イクナートンは、それまでのエジプトの多神教を排し、世界に遍在する唯一の創造者である太陽神アテンへの信仰を確立した。この一神教が700~800年後にあらわれたヘブライの預言者モーセの教えに影響しているという説もある。その後、王名もアメンヘテプ4世から、「アテンは満足する」という意味のイクナートンにあらためた。同時に、アメン神の町テーベから、アテン神のために新しく建設された町、アケトアテン(現テル・エルアマルナ:→ アマルナ文書)へ遷都した。さらに、歴代の王が信仰した宗教の痕跡をけすように命じ、従来のアメン神への信仰をまもろうとする神官団をしりぞけた。
イクナートンの宗教改革は、エジプト美術にも影響をあたえ、それまでの儀式的な様式から、太陽神アテンのすべてをつつみこむ力の現れとして、自然をより写実的にえがく様式にかえた(→ エジプト美術)。また、新しい宗教文学もエジプトにめばえた。しかし、この流れは長つづきせず、イクナートンの死後、義理の子ツタンカーメンが王位につくと、首都はテーベにもどされ、多神教が復活した。同様にエジプト美術も儀式的な様式にもどった。