| 検索ビュー | ウイルス | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
細胞に寄生して増殖する病原体。細胞構造をもたず、細菌より小さい。ウイルスとは、病毒を意味するラテン語に由来する。これまでに数百ものウイルスが発見されており、インフルエンザ、天然痘、小児麻痺、エイズなど広範な病気の原因となっている。ヒトの癌の原因となるものもあり、動物や植物にもさまざまな病気をひきおこす。
| II. | 発見と培養の歴史 |
1892年、ロシアの植物学者ドミトリー・イワノフスキーがのちにタバコモザイクウイルスといわれる細菌濾過(ろか)器を通過する微粒子を発見し、ウイルスの存在が確認された。98年にはオランダの植物学者マルティヌス・ベイエリンクによって、これらの感染症をひきおこす粒子にウイルスという名前がつけられた。数年後には細菌に感染して成長するウイルスが発見された。これらのウイルスは、カナダ生まれの細菌学者デレルによってバクテリオファージ(バクテリアを食うもの)と名づけられた。
その後、1935年にアメリカの生化学者スタンリーがタバコモザイクウイルスを結晶化した。このウイルスは遺伝物質であるRNA(リボ核酸)とタンパク質の殻だけでできていることが判明した。40年代に電子顕微鏡が開発されて、ウイルスを視覚的にとらえることが可能になった。つづいてウイルスの濃縮と精製につかわれる高速遠心分離機が開発された。50年代には、試験管内でウイルスを複製させる細胞の培養法が開発され、動物ウイルスの研究は新しい時代に入った。その後、多数のウイルスが発見され、それらの物理的および化学的特徴が次々に分析された。
| III. | 特徴 |
ウイルスとは、RNAまたはDNA(デオキシリボ核酸)のどちらかと、タンパク質あるいはそれに脂質または炭水化物がくわわった保護殻からなり、光学顕微鏡では観察できない。すべて細胞内に寄生して増殖する。核酸はふつう1分子で、一重あるいは二重の鎖状の形をしている。しかし、2本以上にわかれた数個の核酸をもつウイルスもある。
タンパク質の殻はカプシドとよばれ、カプシドのタンパク質構成単位をカプソメアという。核酸と殻をあわせたものがヌクレオカプシドである。この外側にさらに脂質などからなるエンベロープ(被膜)をもつウイルスもある。粒子としての形態と増殖する条件をそなえたウイルス粒子をビリオン(ウイリオン)という。生きた細胞の外では、ウイルスは不活性高分子の粒子として存在する。
| 1. | 大きさと形 |
ウイルスの大きさと形はさまざまだが、3つに大別できる。対称性のある球状と、細長い棒状と、頭と尾をもつオタマジャクシ形(ある種のバクテリオファージ)である。最小のウイルスは正二十面体で、直径は18~20nm(ナノメートル:10億分の1m)である。最大のウイルスは棒状で、長さ数マイクロメートル(µm:100万分の1m)に達するものもあるが、幅はふつう100nmにみたない。
螺旋状(らせんじょう)の内部構造をもつウイルスの多くは、リポタンパク質か糖タンパク質の殻をもち、直径は60~300nm以上ある。バクテリオファージなどいく種かの複雑なウイルスは、頭部にくわえ、宿主の細菌につながる管状の尾部をもつ。ポックスウイルスは煉瓦(れんが)形で、複雑なタンパク質組成をもつ。しかし、複雑なウイルスやポックスウイルスは例外で、大半のウイルスは単純な形をしている。
| IV. | 複製 |
ウイルスは自己複製に必要な酵素などの物質をもたないので、感染相手の宿主細胞のものを利用する。したがってウイルスの複製とは、成分を個々に宿主細胞に合成させ、新しいウイルス粒子にまとめるプロセスである。複製はウイルスが細胞へ入るときからはじまる。ウイルスの外殻が細胞の酵素によってのぞかれると、ウイルスのRNAまたはDNAが細胞内のリボソームに接触し、そこでウイルスの核酸が特定するタンパク質の合成を指示する。核酸と、ウイルスのタンパク質の殻の構成単位がそれぞれ合成されたのち、2つの構成要素から新しいウイルスがくみたてられる。1個の感染したウイルスは、数百から何千にも増殖することができる。増殖したウイルスは、宿主細胞をやぶってでるが、細胞膜から出芽し細胞を殺さずに放出されるウイルスもある。感染が無症状、つまりウイルスは細胞内で複製するが、細胞に害をあたえない場合もある。
RNAをふくむウイルスは、RNAがDNAとは独立して複製される点で独特である。RNAがメッセンジャーRNA(mRNA)として機能し(→ 遺伝学)、細胞のリボソームや代謝系を利用して間接的に自己複製する場合もある。ほかに、RNAウイルスが外殻内に酵素をもっていて、この酵素がウイルスRNAの合成を指示する場合もある。レトロウイルスといわれる一群のRNAウイルスは、RNA分子からDNAを合成する逆転写酵素をもつ。こうしてつくられたDNAは、ウイルスの遺伝物質としてはたらく。
細菌ウイルスと動物ウイルスでは、感染にあたって細胞表面との反応にいくぶん違いがある。たとえば大腸菌に感染するT系バクテリオファージは、まず細菌の表面に吸着してから、自身のDNAを細菌内に注入するが、外殻は細菌の表面にそのままのこる。しかし、核酸が細胞に入ったのちのウイルス複製の基本手順は同じである。
| 1. | ウイルスの人工合成 |
2002年、アメリカのニューヨーク州立大学の研究グループは、RNAの全塩基配列(ゲノム)データをもとに、ウイルスを人工的に合成することに世界ではじめて成功した。人工合成したウイルスはポリオウイルスである。人工合成の方法は、まず、ポリオウイルスのRNAゲノムデータをもとに、そのデータの完全なコピーである相補的なDNA(完全長cDNA)をDNA合成装置でつくり、さらに、そのDNAを鋳型にして酵素をつかってポリオウイルスのRNAを合成した。そして、そのRNAを、実験用の細胞から抽出した液にまぜたところ、RNAがタンパク質をつくりだし、正二十面体の殻をもった完全なポリオウイルスができあがった。この人工ウイルスは本物と同様に、病気をひきおこす病原性ももっていた。
このように、ただの情報であるゲノムデータから、ウイルスが合成できることがはじめて実証された。しかも、つかわれた技術や知識は10~20年前に確立されたものばかりである。ウイルスのゲノムは、すでに500種類以上のウイルスで解読されており、インターネットでデータが手に入るようになっている。また、DNA合成装置などは、バイオ産業や遺伝子工学の分野ではふつうにつかわれている。このようなことから、テロリストなどが、猛毒ウイルスのデータをつかって上の方法を悪用したり、生物兵器に使用したりする危険性があり、懸念されている。しかし、ポリオウイルスは塩基の数が約7500しかないのに対して、たとえば天然痘ウイルスは約20万もあり、人工合成するには手間も時間もかかり困難だといわれている。
| V. | 医学におけるウイルス |
感染症とたたかう医学にとって、ウイルスは大きな課題である。多くのウイルスが人間にとって重大なさまざまの病気をひきおこす。
ウイルス病の中には、毎年何百万人もかかるインフルエンザもある。そのほか、しばしば致命的となる狂犬病、出血熱、脳炎、小児麻痺、黄熱などの重大なウイルス病もある。ウイルスは、細菌感染などによる深刻な合併症をひきおこすこともある。インフルエンザ、はしか、おたふく風邪、単純ヘルペスや水疱瘡や帯状ヘルペス(→ ヘルペス)、呼吸器疾患、はげしい下痢、いぼ、肝炎などは、よくみられる感染例である。
さらに風疹ウイルスやサイトメガロウイルスなどは、胎児に深刻な奇形や死をもたらすことがある。エイズは、レトロウイルスによってひきおこされる。ヒトの癌との関連が明らかなレトロウイルスは2つしかないが(→ HTLV)、乳頭腫(パヒロマ)ウイルスのいくつかも関連がうたがわれている。
他のウイルスも、ある種の癌や多発性硬化症やその他の退行性の病気などの慢性病に関連しているという証拠がふえている。さらに最近発見されたウイルスとして、乳児胃腸炎の病原であるロタウイルスや食中毒をひきおこす小型球形ウイルス(SRSV)などがある。
| VI. | 流行 |
ウイルスは人から人へ広まって、新たな患者をふやす。インフルエンザやはしかのウイルスは、咳(せき)やくしゃみによって飛沫感染(ひまつかんせん)する。下痢などをひきおこすウイルスは、便を介して経口感染する。さらに、黄熱ウイルスやアルボウイルスなどは昆虫によって媒介される。ウイルス病は、風土性か、流行性のどちらかである。流行性ウイルス病の代表が、ほとんど毎年世界じゅうで流行するインフルエンザである。
| VII. | 治療 |
現在、ウイルス感染症に対する完璧(かんぺき)な治療法は存在しない。ウイルスを撃退する薬の大半が、細胞も傷つけてしまうからである。唯一効果的な方法は、ワクチンの使用による予防である。たとえば、1970年代に世界規模で天然痘ワクチンを使用したおかげで、この病気は撲滅された。
ヒトや他の動物用にたくさんの抗ウイルス性のワクチンが開発されてきた。ヒト用ワクチンには、はしか、風疹、小児麻痺、インフルエンザなどに対するものがある。ワクチンへの抗原が体の免疫系を刺激して、ウイルスの感染を予防するタンパク質、すなわち抗体をつくるのである。ワクチンには、病原性をなくすために殺してある(死ワクチン)か、病原性を弱めてある(生弱毒ワクチン)ウイルスがもちいられる(→ 免疫法)。
抗ウイルス物質として有望なインターフェロンは、細胞自身によってつくられる。この無毒のタンパク質は、ウイルスに感染した動物細胞によってつくられ、ウイルスの感染から他の細胞をまもる。インターフェロンを癌治療に使用する研究が精力的にすすめられている。インターフェロンは純粋な形ではかぎられた量しか手に入らなかったため、最近まで使用が限定されていた。しかし、遺伝子クローニングという新技術のおかげで大量に入手できるようになった(→ 遺伝子工学)。
| VIII. | 植物ウイルス |
ウイルスは植物にさまざまな病気をひきおこし、農作物に深刻な被害をあたえる。植物ウイルスとして一般的なものに、ターニップイエローモザイクウイルス、ジャガイモXウイルス、タバコモザイクウイルスなどがある。植物はかたい細胞壁をもちウイルスが侵入しにくいので、植物ウイルスは植物を食べる動物に媒介させて広がる。感染した植物を食べて口器にウイルスがついた昆虫は、健康な植物にウイルスをうえつける。センチュウも、健康な植物の根を食べるときにウイルスをうつすことがある。
植物ウイルスは、感染した細胞内で膨大な数にふえることがある。タバコモザイクウイルスなどは、感染した植物の乾燥重量の10%を占めることがある。植物は多くの場合、昆虫などによってしか感染しないので、植物ウイルスと植物細胞との相互作用の研究には限度がある。試験管内で細胞を培養して植物ウイルスに感染させることもできるが、一般的な利用には制約がある。
| IX. | 研究への貢献 |
ウイルスとその宿主細胞の相互作用の研究は、生物学の分子レベルの基礎研究に大きな貢献をしてきた(→ 分子生物学)。たとえばDNAから遺伝暗号をはこんで、どのようなタンパク質をつくるかを決定するメッセンジャーRNAは、細菌内で複製するバクテリオファージの研究から発見された。バクテリオファージの研究は、遺伝情報の利用の開始と停止をきめる生化学的な仕組みの解明にも役だってきた。高等生物における遺伝子複製を理解するためにも、ウイルス複製の仕組みについての知識は不可欠である。
ウイルスが、遺伝情報を制御する現象の研究のモデルとしてこれほど有用なのは、ウイルスが本質的に裸の遺伝子だからである。このため研究者は、小さく単純だが宿主細胞と同じ原理ではたらく複製システムを研究できる。ウイルス研究の大半は、その複製の仕組みを理解し、ウイルスの増殖または複製を制御する方法をみつけ、ウイルス病を根絶することをめざしている。ウイルス病の研究は、病原体に対する体の免疫反応の理解にも貢献してきた。粘膜からの分泌物や血清内の抗体による外敵の除去は、ウイルスの細胞への感染の反応を研究することでより詳細に説明されるようになった。
現在、強い科学的関心がよせられているのが、特定のウイルス遺伝子を分離する研究である。これらの遺伝子を利用したクローニング技術によって、特定のウイルスタンパク質を多量につくれば、ワクチンとしてつかうことができるからである。