| 検索ビュー | 酵素 | 項目ビュー |
| I. | プロローグ |
生体の中で生じるさまざまな化学反応の触媒となるタンパク質。生物の体の中では、生きていくために、さまざまな化学反応がおきている。エネルギーをつくりだすのも、筋肉をうごかすのも、細胞が成長するのも、ホルモンがはたらくのも、すべて酵素がかかわっている。人工的に化学反応をおこそうとすれば、温度や圧力、pH、無水状態などの条件を人工的にととのえなければならない。ところが生物の体の中では、人工的に調整しなくても、酵素のおかげで化学反応がスムーズにおこる。
酵素は、すべて細胞内でつくられる。はたらく場所は酵素によってことなり、細胞の中ではたらく細胞内酵素と、消化酵素などのように細胞の外に分泌されてはたらく細胞外酵素とがある。
| II. | 酵素の性質 |
| 1. | 基質特異性 |
酵素が作用する物質を、その酵素の基質という。1つの酵素は原則として1つの基質に対してはたらく。これを基質特異性という。酵素はタンパク質の巨大な分子で、反応はこの分子の中の活性中心という部分でおこなわれるが、基質特異性は酵素のこの構造によるものである。タンパク質が主成分である酵素は、たくさんのアミノ酸がくっつきあって複雑な立体構造をつくっている。その立体構造の中に活性中心があり、基質がむすびつくと反応がおこる。
なお、一部の酵素には、補酵素という物質とむすびつかないと触媒としてはたらかないものがある。また、一部の酵素はマグネシウム、亜鉛、マンガン、鉄などの金属イオンをふくんでいる。
| 2. | 最適温度 |
酵素がはたらくための最適温度は種類によってことなるが、だいたい35~40°Cである。したがって、人間の体温は酵素の働きに適している。最適温度までは、温度が高いほど酵素はよくはたらき、最適温度をこえると、タンパク質の立体構造が変化しはじめ、反応速度はおそくなる。さらに温度が高くなりすぎると、立体構造はこわれて酵素ははたらかなくなる。
| 3. | 最適pH |
酵素反応は、周りの水素イオン濃度(pH)によっても影響をうける。最適pHは酵素の種類によってことなり、たとえば、胃液にふくまれるペプシンはpH2のような強い酸性条件下でもっともよくはたらく(pH7が中性である)。
| 4. | 酵素の働きの調節 |
酵素の働きは、温度やpHのほかに、いくつかの要因によって調節される。まず、化学反応によってつくられた物質が酵素の働きをおさえるという仕組みがある。また、酵素の中には、活性中心とはことなる場所に、基質以外の物質とむすびつく部分がある。そこにある種の物質(薬物など)が結合すると、活性中心の構造が変化して、活性を低下させたり高くしたりする。
さらに、基質そのものが調節因子としてはたらく場合もある。酵素反応は、酵素が基質とむすびつかないとすすまない。酵素がたくさんあっても、基質が少ないとわずかな反応しかおこらない。酵素によっては、基質が一定量に達しないとはたらかないものもある。いっぽう、かぎられた酵素に対して基質が多いと、反応速度は最大に達したあと、そのまま一定になる。
| 5. | リン酸化 |
酵素の活性は、リン酸化によっても調節される。プロテインキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)によって酵素がリン酸化されると、活性型になる。つまり、ほかの酵素によってある酵素の活性が調節されている。
| III. | おもな酵素の種類と働き |
国際生化学連合では、酵素をその作用によって6つの系統にわけている。
| 1. | 酸化還元酵素(オキシドレダクターゼ) |
基質Aから水素または電子をうばってほかの基質Bにうつす。つまり、基質Aを酸化し、基質Bを還元する酵素。ミトコンドリアの脱水素酵素などがある。これは、ブドウ糖を代謝してATP(アデノシン三リン酸)をつくりだし、その中にエネルギーをたくわえられるようにする。
| 2. | 転移酵素(トランスフェラーゼ) |
基質A-XからXをほかの基質BにうつしてB-Xをつくる酵素。リン酸転移酵素(ホスホトランスフェラーゼ)は、基質のリン酸基を切りはなしてほかの物質にうつす。アミノ基転移酵素(トランスアミナーゼ)は、アミノ酸などからアミノ基を切りはなしてほかの物質にうつす。
| 3. | 加水分解酵素(ヒドロラーゼ) |
基質A-Bを加水分解してA-OHとB-Hに分解する酵素。炭水化物加水分解酵素にはアミラーゼ、グルコシダーゼ、ラクターゼなどがあり、炭水化物をブドウ糖などに分解する。タンパク質加水分解酵素にはペプシン、トリプシンなどがあり、タンパク質をアミノ酸に分解する。脂肪加水分解酵素にはリパーゼがあり、脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解する。
| 4. | 除去付加酵素(リアーゼ) |
基質A-BをA+Bに分解する酵素。脱炭酸酵素(デカルボキシラーゼ)などがある。
| 5. | 異性化酵素(イソメラーゼ) |
ある基質をその異性体(分子式は同じだが原子の結合順序や立体的配列がことなり、性質もちがう化合物)に変化させる酵素。
| 6. | 合成酵素(リガーゼ) |
基質AとBからA-Bを合成する際に必要なエネルギーをつくりだすためATPを分解し、同時にAとBを結合させる働きをもつ酵素。
| IV. | 酵素の研究史 |
酵素は、人間がその存在に気づく前から、光合成、腐敗(→ 腐敗と分解)、アルコール発酵などのさまざまな働きをしてきた。
酵素の存在に人間が気がつきはじめたのは、18世紀半ばのことである。1783年には、スパランツァーニによってタカからとりだされた胃液の中に肉をとかす物質があることがわかった。ちなみにこれは、生体反応を生体の外でおこなった、はじめての実験であろう。19世紀になって、この物質はペプシンと名づけられた。
このような物質全体を酵素enzymeとよぶようになったのは、1878年にドイツの生理学者ウィルヘルム・キューネが提唱してからである。enは「~の中にある」、zymeは「酵母」という意味のギリシャ語にもとづいている。
酵素の働きとして、もっとも古くから知られていたのが、ブドウ糖からアルコールをつくるアルコール発酵である。パスツールは、発酵には生きた酵母が必要であることを実験によって証明した(→ 自然発生)。しかし、パスツールの死後の1897年、ドイツのエドゥアルト・ブフナーは、生きた酵母の代わりに酵母をすりつぶした液をつかってもアルコール発酵がおこることを発見した。これによって、酵母が酵素をつくり、酵素が発酵をおこすということがわかった。
その後、発酵だけでなく生体反応も酵素によっておこるという仮説がたてられた。しかし、1926年になるまで、酵素の化学的本質を解明することはできなかった。この年、アメリカのジェームズ・サムナーがウレアーゼ(尿素分解酵素)の分離と結晶化に成功、これがタンパク質であることをしめした。この説はすぐにはみとめられなかったが、30年にアメリカの生化学者ジョン・ノースロップがペプシンとトリプシンの分離と結晶化に成功し、やはりこれらがタンパク質であることを証明した。それ以後は、酵素の本体がタンパク質であることがひろくみとめられるようになった。
なお、ひとつひとつの酵素の名前は、ウレアーゼのように、触媒としてはたらく反応の語尾にアーゼ(-ase)がついているが、ペプシン、トリプシンなどは、このような名前の付け方が一般化する前につけられたものである。
| V. | 酵素の利用 |
現在、多くの酵素がその特質を生かして医療にもちいられている。たとえばトリプシンは、体の中から異物をとりのぞいたり、けがなどで死んだ組織をとりのぞいたりする。ウロキナーゼは、血管の中にできた血の塊をとりのぞき、血管がつまるのをふせぐ。また、L-アスパラギナーゼは白血病の治療に、デキストリナーゼは虫歯予防に利用されている。フェニルケトン尿症のような酵素の欠損でおこる先天性代謝異常症に対しても、酵素の性質を利用した治療がおこなわれている。
また遺伝子工学では、酵素を細菌などにつくらせたり、人工的に合成したりする研究もすすめられている。→ 生化学
→ 構造生物学