ゴーギャン,P.
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ゴーギャン,P.
III. 南国への旅立ち

1891年、ヨーロッパ文明の「人工的で因習的なすべてのもの」からのがれるために、南太平洋の島にむけて旅だち、93~95年にかけて一時帰国したものの、生涯南国にとどまった。最初はタヒチ島に滞在し、のちにマルキーズ諸島にうつっている。

彼の表現主義的な色彩、平板な形態、遠近法の否定といった独自性は、そこでもほとんど変化せず保持された。いっぽうでは、エキゾティックな南国を舞台にポリネシア文化の影響もうけ、画題はより独創的となり、構図はさらに単純化し、いっそう力強い造形性をしめすようになった。主題は「タヒチの女(浜辺にて)」(1891)のような日常生活の情景から、「死霊が見ている」(1892)のような迷信からくる恐怖をえがいた一連の作品まで幅ひろくある。

代表作「われわれはどこから来たのか、われわれは何か、われわれはどこへ行くのか」(1897)は、寓意的内容をふくんだ記念碑的大作であり、彼はこれを自殺未遂をはかる直前にえがいた。死にいたるまでの生活はパリの画商からのささやかな送金によってささえられていたが、1903年5月9日マルキーズ諸島アトゥオナで死去した。

ゴーギャンの色彩における大胆な実験は20世紀のフォービスムの様式に直接つながるものであり、力強い造形性はノルウェーの画家ムンクや、その後の表現主義の画家に影響をあたえた。