アヘン
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アヘン
IV. 植民地主義とアヘン

紀元100年ごろ、アヘンは民間薬として、飲み物といっしょにとるか、固形のままのみこむかたちで服用されていた。17世紀半ば、アヘンが中国にもちこまれ、吸煙されるようになると、深刻な中毒問題がもちあがってきた。インドでとれたアヘンは、イギリスの東インド会社によって大半が中国にもちこまれ、イギリスの工業製品は中国へ、中国の茶はイギリスへという三角貿易が成立していた。中国でのアヘン中毒は18世紀後半にはいよいよ深刻さをまし、官界にも広がった。中国ではアヘンの規制と西欧とのアヘン貿易を禁じた。これが原因でアヘン戦争(1839~42)がおこる。同じころ、アヘンはヨーロッパと北アメリカにももちこまれ、鎮痛薬という本来の目的をよそに、快楽をもとめて利用され、中毒者をたくさんだすことになる。

アヘンによる重大な被害を経験した中国では、アヘンをはじめとする麻薬類にはきびしい法規制をおこなっている。