エトルリア文明
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エトルリア文明
IV. 宗教・言語

エトルリアの宗教については、直接の史料に欠けるため不明な点が多い。リウィウスやキケロによると、エトルリア人の宗教と生活に関するきまりは、3巻からなる「エトルリア戒律」にまとめられていた。第1の書「肝臓占いの書」は、犠牲獣の肝臓占いによる予言の書である(エトルリア人は肝臓占いだけでなく、鳥の飛び方をはじめ、さまざまな種類の前兆の解釈で有名だった)。第2の書「雷光占いの書」は、雷光による予言の術。第3の書「儀式の書」は、宗教のみならず、エトルリアの政治、社会生活上の規範に関する書である。神々の名前のいくつかは知られているが、おのおのの神の正確な役割は、よくわからない。後代のローマの作家によると、ローマのユピテル、ユノ、ミネルバの諸神は、それぞれティニア、ウニ、メンルウァという名であらわされる。黄金時代の周期的循環という観念や人身御供の儀式(これが剣闘士試合の起源と思われる)など、エトルリア宗教の多くの要素が、のちにローマ人にうけつがれた。

エトルリア語は、ローマによる征服後すたれてしまった。ハリカルナッソスのディオニュシオスは、エトルリア語は他のどの言語とも似ていないとのべている。エトルリア語に関する知識は、ひじょうにかぎられているが、言語学上は、インド・ヨーロッパ語系の言語ではないと考えられている。現存するエトルリア語文書の大部分は墓碑名であるが、さまざまな解読の試みを通じて、多くの歴史上、宗教上の固有名が判読された。

エトルリアのアルファベットは、初期には26の文字がみられたが、後代には20の文字がつかわれた。ギリシャ・アルファベットをもとにつくられているが、語彙(ごい)や文法はまったくことなる。ローマ・アルファベットは、エトルリア文字からつくられた。最古のエトルリア語の文書は、前700年以前にさかのぼるが、文書の大部分をなす墓碑名からは、ほとんど特定の人物名しかよみとれない。現存する唯一の手書き文書は、現在ザグレブの博物館にある、12のリンネルの布片に書かれた典礼文である。これは、グレコ・ロマン時代のエジプトのミイラをつつむ布にしるされている。エトルリア語の文学作品は現存しない。