フィンランド
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フィンランド
IV. 教育と文化
1. 教育

識字率は100%。義務教育は7~16歳で、この間、6年間の初等課程と3年間の中等課程からなる9年制の総合学校で基礎教育をうける。総合学校を修了すると、大半の生徒は、普通教育がおこなわれる高等学校か、基礎的な職業資格にむすびつく職業学校に進学する。これらの中等教育も、義務教育同様に無料である。フィンランドの職業教育は1990年代半ばに改革がおこなわれ、高校レベルの職業教育は、コース別の専門的学習よりも幅の広い学習がめざされるようになった。これまで、農業、工業、商業、家政、芸術・工芸など産業部門ごとにわかれていた学校も、近年は総合職業学校にかわる傾向にある。

高等教育機関としては、従来は総合大学および単科大学や教員養成大学があったが、改革により、職業学校の高等課程が、イギリスのポリテクニックに似た高等職業専門学校(AMK)に再編され、現在は20の総合大学と25のAMKの2本立てとなっている。総合大学は、1640年にトゥルクに創立され、1828年に移転したヘルシンキ大学が最大で、このほかトゥルク大学(1919年創立)、オウル大学(1958)、タンペレ大学(1966)などがある。成人教育も広範におこなわれており、寄宿制の市民カレッジや夏期大学でまなぶ社会人も多い。

2. 文化

12世紀初期にスウェーデンがフィンランドを征服して以降、フィンランド文化はスウェーデンから多大な影響をうけ、現在にいたっている。農民たちは、チターに似た楽器カンテレの伴奏で伝統的な叙事詩をうたい、木彫りや敷物に伝統的な色使いで螺旋(らせん)や卍(まんじ)といった簡素な幾何学模様を装飾してきた。しかし、知識層ほどスウェーデンの影響は強く、一部の例外をのぞき、文学はスウェーデン語で書かれた。スウェーデンの文化自体がヨーロッパ諸国の影響をうけているため、フィンランドの芸術作品や建築もイタリア、ドイツなどの文化を反映している。

19世紀になると芸術家たちは自国の伝統を復活させようとつとめ、フィンランド語をもちいた文芸作品や、フィンランド風の美術や建築物もあらわれるようになった。20世紀には、エリエル・サーリネン、アルバー・アールトーらの活躍でフィンランドの近代建築が注目された。家具、ガラス器、テキスタイルなどのシンプルな「北欧デザイン」も世界的に名高い。文学については、フィンランド文学を参照。

3. 図書館と博物館

全国に1500以上の図書館がある。主要な図書館としては、蔵書数約210万冊のヘルシンキ市立図書館、国会図書館として機能している蔵書数約260万冊のヘルシンキ大学図書館がある。

第2次世界大戦後、博物館の数がふえ、現在300以上にのぼる。ヘルシンキの国立博物館には民族学、考古学関連の展示物がおさめられている。このほかマンネルヘイム博物館、ヘルシンキ市立博物館、トゥルクの美術館などがある。

4. 音楽

フィンランドは民族音楽と教会音楽の宝庫である。教会音楽は、12世紀にキリスト教が普及して以降、発展した。宗教改革の時代には、それまでラテン語でうたわれていたグレゴリオ聖歌や宗教曲がフィンランド語でうたわれるようになった。

フィンランドの音楽は、19世紀中ごろから西ヨーロッパの音楽を吸収して発展した。これに際しては、ドイツ出身の2人の音楽家、作曲家パシーウスと指揮者でフィンランド民謡の収集家でもあったファルティンの貢献が大きい。フィンランド生まれの最初の作曲家ウェイゲリーウスは、自国の音楽の発展に大きく寄与した。また、作曲家でヘルシンキ交響楽団の指揮者でもあるカヤヌスは、フィンランドの音楽をヨーロッパ中に紹介していた。

19世紀後期までこの国の作曲家はドイツの影響を強くうけていたが、パシーウス、ファルティン、ウェイゲリーウス、カヤヌスはフィンランドの民族音楽を作品にとりいれ、カヤヌスの弟子であるシベリウスが本来の意味で民族音楽を完成させて、フィンランド音楽の評価を国際的に高めた。

1993年12月、ヘルシンキに国立歌劇場が完成し、国立オペラと国立バレエ団の拠点となっている。近年、サリネン、ラウタバーラ、ベリマン、コッコネンなどの作曲家によるすぐれた歌劇が多数生まれている。