化学工業
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化学工業
III. 化学工業の歴史

厳密にいえば、鉱石の精錬のように、生産活動に化学反応を利用する行為は、原始時代や古代からおこなわれていたが、化学工業という近代的な工業の形態が成立したのは、産業革命をへた18世紀以降のことである。

1. 酸とアルカリ工業の成立

イギリスの産業革命は、繊維工業をはじめとして機械設備を広く採用する大工場制を生みだし、冶金工業を発展させた。この過程で、繊維の漂白に必要な硫酸ソーダが大いに利用されるようになった。需要が拡大するようになると、硫黄を原料とする鉛室法(硫酸)による硫酸製造、またルブラン法(ソルベー法)によるソーダ(炭酸ナトリウム)の工業的製造など、酸とアルカリといった基礎化学製品を製造する無機化学工業が急速に発展した。同時に、ガラス工業や石鹸工業などが発達したのもこの時代である。このような化学工業の発展は、18世紀末のラボワジェによる元素説の確立、ドルトンによる原子論の確立など、近代的な化学研究の展開と呼応する。

2. 有機化学工業の成立と発展

産業革命は、一方で、製鉄業の発展をとおして石炭やコールタールなどを基礎とする有機化学工業の誕生をもたらした。19世紀半ばになると、広範な有機化合物が研究対象となり、ベンゼンの発見など、石炭の乾留から生じるタールの蒸留分別の成功が、それまでは廃棄物であったコールタールの工業的な有効利用を促進し、ドイツを中心に有機合成化学工業を大いに発展させた。

とくにこのタールの留分を出発点とする染料合成の成功は、それまでの鉛室法にかわる接触法(二酸化硫黄と酸素を直接反応させる)による硫酸製造法の開発が影響し、急速に天然染料を駆逐していった。以来、石炭化学は、医薬、火薬、合成繊維などの原料を生みだすことになる。

1880年代以降は、各地に発電所が建設され、食塩や金属塩(塩)の電気分解、電熱を利用したカーバイド工業など、電気化学の諸分野が発展していく。さらにこの時期、農業の生産性向上によって、おもに窒素肥料の需要が増加し、化学肥料工業のめざましい発展をみた。

3. 高分子化学工業の発展

20世紀初頭から第2次世界大戦にかけては、合成高分子工業が発展する時代である。戦争への準備、ブロック経済化への対応が、各国の経済的課題となり、天然資源を合成した材料にかえる必要があった。

3.A. ドイツの化学工業

とくに植民地が少ないドイツは、国内の豊富な石炭を積極的に活用して、多くの資源を化学合成する必要があり、19世紀に生まれたタール化学工業をさらに発展させることになった。

それまで天然のチリ硝石(硝石)に依存していた窒素を合成する技術、窒素肥料や火薬の新しい製法が開発されると、窒素化学工業やカーバイド・アセチレン工業が大きく発展していった。さらに、アセトン、酢酸、塩化ビニル、合成ゴム(ゴム)などが開発され、工業化したのもこの時期のことである。

3.B. アメリカの化学工業

アメリカでは、1920年代に石油、天然ガスを原料とする化学工業がはじまっている。自動車の普及がガソリンを大量に必要としたところから、石油精製業が発達し、その工程で出る廃ガスの有効利用によって、アセトンの原料であるイソプロピルアルコール(アルコール)を生産する石油化学工業が発展していく。また、天然ガスからメタノールを合成する方法が開発されると、天然ガスを石油化学原料とすることが一般化した。30年代の石油化学工業は、それまでの中間工業材料の生産だけでなく、一般消費者を対象とする最終製品(合成洗剤など)の製造分野にも波及していった。

3.C. 大型化する化学工業

このころに高分子化学工業によって生みだされた製品には、ポリスチレン、ポリエチレン、メタクリル樹脂(メタクリル酸)、塩化ビニル樹脂、ナイロン、ケイ素樹脂、フッ素樹脂(フッ素)などがある。化学工業が一段と大規模になっていったのもこの時期であり、ドイツのIG(イーゲー)、イギリスのICI、アメリカのデュポンなどの巨大企業が出現し、技術や市場への支配力を強化していった。とりわけナイロンの開発に成功したデュポンは、世界の化学工業界に確固たる地位をきずいた。

4. 石油化学工業の発展

20世紀後半の化学工業では、第2次世界大戦中に軍事用として開発された技術が民生用に転用され、製造装置の大規模化が進展して、独占の支配がいっそう強化された。また、この時代には、合成高分子化学工業を中心とした有機合成化学工業が酸、アルカリ、肥料などを中心とした無機合成化学工業を圧倒的にうわまわり、原料資源が石炭から石油にほぼ完全に転換した。

触媒の研究がすすみ、これを利用した石油の改質技術が向上すると、従来はコールタールからつくられていた芳香族炭化水素が、石油から大量かつ安価に生産できるようになったため、石油化学工業の優位は確実なものになった。

石油資源にめぐまれないヨーロッパでは、戦後も石炭系の原料をつかって、さまざまな有機化学合成がおこなわれてきたが、1950年代には、石炭化学工業のリーダーだったドイツでさえ、石油化学に移行するようになった。こうした石油化学への転換は、化学工業と化学技術の主導権がドイツからアメリカへと移行したことを意味する。それと同時に、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンなど、素材化学工業部門におけるさまざまな高分子化合物が、多様な分野で用途を広げ、急成長をとげていくのである。

5. 現代の化学工業

1970年代、2度の石油危機をへて、世界の化学工業の様相は大きく変化した。80年代には、原油価格の高騰によってコストが急上昇し、需要の伸びが大きく低下した。設備が大幅に過剰となり、アメリカ、ヨーロッパをはじめ日本などの先進工業国は、設備の廃棄を余儀なくされた。その結果、逆に過剰生産による原油価格の下落と、これにつづく低位安定によって、素材化学工業部門が安定成長するようになった。

5.A. 高付加価値へ

また、先進工業国では、ファイン化、スペシャリティー化(ファインケミカル)などの加工型化学工業部門の需要がのび、世界の主要な化学企業は、付加価値の高い加工型化学製品を中心とした新しい成長の時代に入る。

同時に、バイオテクノロジーに代表される分子レベルの研究がめざましく発展し、技術革新の波は、化学工業の生産体制を大きく変化させることになる。この事実は、新しい化学工業の登場を予見させ、従来の化学会社とは別の企業の参入がすすむと考えられる。

アメリカ、ヨーロッパの化学企業は、国内で寡占的体制を確立する一方、海外事業を積極的に拡大し、多国籍企業の地位を確保するようになった。1990年代に入ると、アメリカ、ヨーロッパ、および日本を中心とするアジアの3つの地域で、市場の統合化が進展する。これにともない、各国の化学企業は、世界市場で生きのこるために、海外事業を拡大する必要にせまられた。