電波天文学
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電波天文学
II. 歴史

1932年、アメリカのベル電話研究所ではたらいていた電波技術者カール・ジャンスキーは、遠距離通信の電波干渉源をつきとめる実験中に、銀河系(天の川)の中心部からやってくる電波の雑音を検出した。

アメリカの技術者グロート・リーバーは、イリノイ州ウィートンの自宅の裏庭につくった9.5mのパラボラアンテナをつかって、この電波の分布地図をつくった。リーバーはまた、43年に太陽からの電波を発見したが、その数年前にすでにイギリス、アメリカ、ドイツのレーダーシステム(レーダー)が太陽電波を検出していた。レーダーシステムは航空機をみつけるためのものであったが、太陽から放出された強い電波に妨害されていたのである。

第2次世界大戦中に電波アンテナと受信機の改良がすすみ、50年代にはいると電波天文学が盛んになった。戦時中のレーダー技術をつかってオーストラリア、イギリス、オランダ、アメリカ、ソ連でさまざまな電波望遠鏡が建設され、次々に新しい発見がもたらされた。

天体の電波源の発見数はしだいにふえていき、50年代以降、電波源の多くが可視光でも観測できる遠くの銀河であることが確認された。ひじょうに小さな電波源の調査もつづけられた結果、63年にはクエーサーとよばれる準恒星状の電波源が発見された。クエーサーはそれまでに観測されたことがないほど大きな赤方偏移をしめすことから、地球からもっとも遠い距離にある可能性があった。

1965年、アメリカの電波天文学者アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンが、3Kの宇宙背景放射を発見した。この発見は宇宙の起源と進化の理論に多くの意味をもっている(ビッグバン理論)。68年にはまったく新しいタイプの電波源であるパルサーが発見され、高速で回転する中性子星であることが確認された。

電波天文学は長年、アンテナと受信機をつくるのが簡単な、波長1m前後の比較的長い波長における研究が主流であった。より大きく精度の高いアンテナの建設を可能にする技術が開発され、感度のよい短波長の受信装置が完成するにつれて、対象は1mmの波長域にまでひろがった。同時に、宇宙技術の開発(宇宙探査)によって、20m以上の長波長をさえぎってしまう電離層の上から、ひじょうに長い波長の観測もできるようになった。